第八十話 ガール・ガーリー・ガール
さて、令嬢会議に先んじて、ルードヴィッヒを呼び寄せたミーアは素早く指示を出した。
「ルードヴィッヒ、申し訳ありませんけど、サンクランド側との会見を調整して、シオンとの昼食会ができるようにしていただけないかしら?」
「かしこまりました。会談を予定している方々の情報もまとめて参ります」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ。それと、念のため、相手の陣営も知っておきたいですわ」
「もしも、ナホルシア女大公と関係が深い者がいれば、なにか思惑があるかも、と?」
そう言いつつ、考え込むように腕組みするルードヴィッヒを満足げに眺めるミーアである。
せっかく、帝国の知恵袋が随伴しているのだ。サボらせておくことはない。存分に働いてもらうとしよう……などと考えるミーアである。
そうして、ルードヴィッヒを送り出したところで、部屋に人が集まってきた。
ティオーナ、ベル、シュトリナの令嬢と、アンヌ、リオラ、リンシャのメイド集である。
「ありがとう、アンヌ。ご苦労さまでした」
アンヌに一声かけてから、ミーアは一同の顔を見回して、
「一大事ですわ。このままでは、シオンの胃袋を掴むという作戦が実現できないかもしれませんわ」
開口一番、重々しい口調で言った。
一同に、衝撃が走る。じんわり広がる動揺を抑えるべく、ミーアは言葉を続ける。
「キースウッドさんのガードが非常に硬いですわ。どうも、自由にここを抜け出して、森にキノコ狩りに~などと言うことは不可能そうですわ」
それを聞き、露骨に残念そうな顔をするのは、モリ(タンケンシタ)ガールのベルだった。
先日の夜蒸気に沈んだ森を見て、すっかり“森探検したい熱”が盛り上がってしまったのだ。
「せっかくサンクランドの森を冒険する良い機会だと思ったのに、残念です……」
しょんぼり落ち込むベルに、ミーアは笑みを浮かべる。
「気落ちする必要はありませんわ。なんとか、キースウッドさんを説得するアイデアをひねり出すか、もしくは、どなたか他に言いくるめやすそうな方を見つけるなどすれば……」
っと、頭がすっかりキノコ狩りに向かいつつある、キノコガーリー・ミーアにアンヌが静かに声をかける。
「ミーアさま、キノコ狩りに固執せず、他にもいろいろなアイデアを出すのが良いかと存じます。変わった食材によるウマパンサンドイッチは、有力な策ではありますが、唯一の策ではありませんから」
恋愛大軍師の適切な助言に、ミーアはハッとした。
「その通りですわね。アンヌ。わたくしは、どうも、当初の作戦に固執してしまっておりましたわね。危険な兆候ですわ。戦場では様々な状況変化が起こると聞きますし、思考硬直に陥るは愚かなことでしたわね」
恋愛熟練者の口調でつぶやいてから、ミーアは、デキる女の顔でみなを見回し、
「ということで、自由に、みなのアイデアを募りたいですわ。なんとか、シオンを攻め落とすプランを、王都にいる内に実行したいところですわ」
それから、ミーアはティオーナに目を向けた。
「ところで、ティオーナさん、シオンにお話したいことがある、と言ってましたけれど、どのようなことなんですの?」
手始めに、ティオーナの動きを聞いておきたいミーアである。
いきなり、彼女が告白するつもりなのであれば、そのままシオンがオーケーしてくれる可能性もある。特に策を弄する必要はないのかもしれないが……。
そう考えてのことだったが、ティオーナは、わずかにうつむき……。
「私は……シオン王子に謝りたいことがあるんです」
「謝りたいこと……そういえば、以前も言っておりましたわね」
てっきり愛の告白をするつもりでやってきたのだ! と思い込んでいたミーアは、思わぬ答えにちょっぴり拍子抜けしてしまう。
「私は……自分の気持ちを偽りました……。シオン王子の縁談のこと、良い縁談だって……それをするのが正しいんだ、これに勝るものはないって……心にもないことを言ってしまいました」
唇を噛んで、ティオーナが続ける。
「地位やパライナ祭や……いろいろなことを言い訳にして、私は自分の想いを偽りました。そして、シオン王子を、傷つけてしまった……」
それから、ティオーナはミーアを真っ直ぐに見つめる。
「あの日、ミーアさまにきちんと想いを告白したシオン王子のように……。私は、この想いを告げたい、です……」
おおっ! っと、後ろのほうで声が上がる。
見ると、先ほどまで意気消沈していたモリ(タンケンシタ)ガール、ベルが(コイバナ)モリ(ア)ガールと化して、目をキラッキラさせていた!
いまいち、話がわかっていなかったであろう、リンシャが思わずといった様子で、口を押えている。それから……。
「……サンクランドの王子殿下に……すごい」
などと、ゴクリ、っと喉を鳴らしていた。なんだかんだで、リンシャも(コイバナ)モリ(ア)ガールの一人なのである! お年頃なのである。
「なるほど……そう言うことなのであれば、その機会を用意するのが最善ですわね。よし、やはり、みなでウマパンサンドイッチを作って、ピクニックに……」
「ミーアさま、さすがに、この寒さでピクニックに行くのは難しいかもしれません」
頼りとする恋愛大軍師、アンヌが外を眺めて言った。主の体調管理も彼女の大事な仕事だ。風邪などひかせることはできない。ということで……。
「奇抜さはなくとも、まず、ティオーナさまの想いをシオン殿下にお伝えする場を作る……そのことが肝要なのではないかと思いますので……」
「ふぅむ、なるほど。そういうことでしたら……こういうのは、思い出の場所とかですると効果的な気がしますわ」
自らの恋愛シチュエーション知識(エリスの小説由来の)をフルに活用しつつ、ミーアは偉そうに助言を始めるのであった。
かくて、令嬢会議は熱を帯びていくのだった。