第七十九話 令嬢会議を招集せよ
さて、キースウッドの案内で、ミーアは城の貴賓室に通された。
「それでは、こちらで晩餐会までお休みください」
「ええ、感謝いたしますわ」
ニッコリ、澄まし顔で言うミーアに、ジトッとした視線を向けて……。
「……くれぐれも、勝手に城を抜け出したりとか、近くの森にキノコ狩りに行こうとしたりしないでくださいね。ないとは思いますが、万が一、なんかよくわかんないけど、いろいろあって、そういうことになりそうでしたら、絶対に私に声をおかけくださいね!」
なにやら、口を酸っぱくして言うキースウッド。
――ふむ、別に護衛ならば、ディオンさんがいるから心配ない……ということはわかっているはずですけど……。やけに厳重に言いますわね。
などと不思議に思うミーアだったが、すぐに……。
――まぁでも、よくよく考えれば、ディオンさんみたいなオソロシイ方が好き勝手に国内を動き回るというのも頭痛の種なのかもしれませんわね。
相手の気持ちをきちんと考えられる気遣いの人、ミーアはキースウッドを安心させるように、穏やかに微笑んだ。
「もちろんですわ」
「……しつこいようですが、勝手に一人でひょいひょい採ってきたキノコを、こっそり鍋に投入するとか……そういうの、やめてください。本当にお願いしますよ?」
「ふふふ、そんなことするはずがありませんわ。キノコ狩りにあなたをお誘いしないなどということは、あり得ぬことでしょう」
シレッとそんなことを言うミーアである。
シューベルト家に潜んでいた蛇をヤッちまった時のこととか、セントノエルで勝手に毒キノコを食べたやらかしのことなど、すでに記憶の彼方なのである。
まぁ、それはともかく……。
「ところで、せっかくの機会ですし、お聞きしておきたいのですけど……」
立ち去ろうとするキースウッドを呼び止める。
「ん? なんでしょうか?」
小首を傾げるキースウッドを真っ直ぐに見つめて、ミーアは言った。
「シオンは、縁談話を受けるつもりなんですの?」
その直接的な問いに、さすがのキースウッドも言い淀む。
「いやぁ……さすがに、それを俺の口から言うのは……」
頬をかくキースウッドに、ミーアは穏やかに微笑んだ。
「そうかしら? もう、あなたとの付き合いも長いですし、わたくしにお話ししてくれてもおかしくはないかと思ったのですけど……。それに、あなたは、シオンのためになると思えば、言ってくれる方ではないかしら?」
「やれやれ、かなわないですね、ミーア姫殿下。やはり、そのためにお越しでしたか……」
肩をすくめるキースウッドに、ミーアは悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「いえ、サンクランドの特産キノコ探しももちろん目的ではあっ……」
「シオン殿下のために! わざわざお心砕きいただき感謝いたします! 殿下の従者として、心よりお礼申し上げます!」
少々、荒げた声で言って、それから有無を言わさぬ様子で話しを続ける。
「実のところ、我が主はまだいまいち気が進まないご様子でして。困っているところです。どうも他に気になるご令嬢がいるようではありますが……そちらに関しては、俺が口出しすべきことではないので……。」
そこまで言って、考え込むように顎に手をやり……。
「ただ、いずれにせよ、そのあたりのことをはっきりさせないと、どうも前には進めない雰囲気ですね」
「ふむ、なるほど……。それはなんとも不器用な……。シオンも存外、情けないですわ!」
恋愛(小説)の熟練者、ミーアは偉そうにつぶやく。
そのような、なんともやきもきしてしまうエピソードなど、ミーアは見慣れている、否、読み慣れているのだ!
シオンには、とっとと勇気を出して前進し、まだ見ぬ恋愛劇を展開してもらいたいものだが……。
「これはやはり、お二人にじっくり話し合っていただく必要がありそうですわね……。お昼の軽食をつまみながらがよろしいのではないかしら……とすると、鍋物よりもやはり、サンドイッチが……」
「かしこまりました! すぐに用意させるようにいたします!」
「え? ああ、いえ、その準備はわたくしたちが……」
っと、ミーアの言葉を聞かずに、走り去ってしまうキースウッドである。
「あら、そそっかしいですわね。キースウッドさん……。まぁ、しかし、明日か明後日の昼時が決戦の舞台ということになるかしら……? とすると……」
ミーアはアンヌのほうに目を向けて、
「アンヌ、申し訳ありませんけど、ティオーナさんたちを呼んできていただけるかしら? それと、ベルたちも……」
「はい。かしこまりました。ミーアさま」
急ぎ、部屋を出ようとするアンヌに、ミーアは声をかける。
「今回は、ティオーナさんの恋に関することですわ。あなたからも、ぜひ助言をいただきたいですわ! あなたの経験を存分に活かし、良き作戦立案に協力していただきたく思いますの」
ハンカチ落とし作戦、ウマサンド作戦など、かつて、いくつもの恋愛大戦を乗り越えてきた相棒、恋愛大軍師アンヌに助力を求めるミーア。
そんなミーアにアンヌは、ドンッと胸を叩き、
「はい。お任せください、ミーアさま!」
ニコリ、と力強い笑みを浮かべるのであった。