第七十八話 キースウッドの飽和攻撃!
ミーアたち一行は特にトラブルに見舞われることも無く、サンクランド王都、ソル・サリエンテに辿り着いた。
正義と公正の護り手、サンクランド王の座す地、王都は、以前来た時と変わらぬ威容を誇っていた。
堂々たる街並みは、以前と変わらず整然としており、町行く人々は心なしか、すっと背筋が伸びているように見える。まるで、この国を治める者の性格を反映しているかのようだった。
「あら……雪が……」
見上げれば、チラリ、ハラリと、灰色の空から落ちてくる白い雪。
白い結晶を手のひらで受け止めながら、ミーアは小さく息を吐く。
「ふむ……積もらなくて良かったですわ。旅が予定通りにいかなくなるところでしたわね」
王城の城門を潜り抜けると、すぐに、出迎えがやって来た。
「やあ、ミーア姫殿下、遠いところをようこそ」
兵を引き連れた王子、シオン・ソール・サンクランドは爽やかな笑みを浮かべて言った。
「ご機嫌よう、シオン王子殿下。こうして出迎えに来ていただくなんて、恐縮ですわ」
ちょこん、とスカートを持ち上げて頭を下げると、
「ははは、何を言う。ティアムーンの皇女殿下がお越しだというのに、俺がお出迎えしないわけにはいかないだろう」
そんなシオンの視線が、ミーアの後ろに立つティオーナのところで一瞬だけ止まる。取り乱した様子はない。恐らく、キースウッドからミーア側の陣容を聞いていたのだろう。
――なんとか、シオンの心の城壁を攻め落とせるよう、しっかりとティオーナさんをサポートせねばなりませんわね。
今回のミーアは、あくまでも援軍。主軍たるティオーナの後方支援をする予定である。恋愛大軍師アンヌもいることだし、ここはなんとしても適切な援護をしたいところである。
「父もミーア姫殿下と対話ができるのを楽しみにしている。ぜひ、今夜は、父上を交えた私的な会談の場を持ちたいと考えているのだが……」
「ええ、もちろん。喜んで」
私的な、という言葉に、ミーアは上機嫌な笑みを浮かべる。
大きな歓迎パーティーというものは、たくさん美味しいものが食べられる反面、どうしたって肩が凝るもの。
その点、私的なものは良い。
以前、招かれたサンクランド王家の晩餐会は非常にこじんまりとした、心安らげるものだった。
――ああいうのなら、大歓迎ですわ!
なぁんて思っていたミーアだが……。
「世界会議のこともあるだろう。ある程度は、父上とも共通認識を持っておいたほうがいいんじゃないかと思うんだ」
などと、シオンに言われて…………思い出す!
――そういえば……そんなのもございましたわねぇ……。
そうなのだ、ティオーナとシオンの恋愛で楽しむ気満々だったミーアは、完全に忘れ切っていたのだが……パライナ祭の後にそれはそれは重たーい役割が待ち構えているのだ。
――何を話すかとか、まったく考えておりませんけど……。事前にエイブラム陛下の支持を取り付けておければ、多少、期待外れの演説であっても、許していただけるのではないかしら……。
ミーアは、穏やかな笑みを浮かべてシオンに頷く。
「ぜひとも、そのあたりのこと、お話しできれば嬉しいですわ」
「それは良かった。ああ、それと、ランプロン伯とも話を付けてある。彼とも会談の場を設けられればと思っているんだが……」
「あら? ランプロン伯ですの?」
かつて、エメラルダの婚約話を整えた、サンクランド保守派の重鎮である。
はて? 彼が今さら何の用で? と首を傾げるミーアであったが。
「キースウッドから聞いている。オリエンス公爵令嬢のロタリア嬢を紹介してほしい、と」
シオンは難しい顔で言った。
「正直、彼女は今、難しい立場でね。ミーア姫殿下が望むような話ができるか微妙なところだが……ランプロン伯が口利きをしてくれれば、とりあえず、話ぐらいは聞いてもらえるだろう。ロタリア嬢との面会もスムーズにできると思う」
「なるほど……そういうことですのね」
ミーアは、ふむ、っと鼻を鳴らす。
それに続き、次々にサンクランド貴族からの会談の申し出が届けられる。
今やミーアは、帝国はおろか、大陸全体のキーパーソンと言っても過言ではない。会食したい人間は多いだろうが……。
――ううむ、それにしたって、そう連日、会談の予定が入っては、森にキノコ狩りに行く暇がございませんわね。
シオンの胃袋を攻め落とすためには、森の絶品キノコは必須の存在、と考えるミーアである。ウマ形キノコサンドイッチを新開発し、シオン攻略の切り札としたいミーアとしては、ぜひとも、お料理会を開きたいところなのだが。
「ふふふ、せっかく用意していただいたお話ですけど、いくつかは断りを……」
「いえいえ、ミーア姫殿下。せっかく、サンクランドに来ていただいたのですから、ぜひ、サンクランドの王侯貴族の方々と繋がりを深めていただくのがよろしいのではないかと思います」
その時だった。黙って話を聞いていたキースウッドが、突如、口を開いた。実に朗らかな、笑みを浮かべて!
そうなのだ。彼は、王都に向かう途中から、すでに用意を進めていたのだ。
すなわち、ミーアたちに対する飽和攻撃……朝昼夕の三食をすべて予定で埋めてしまうという作戦をっ!
「今は、パライナ祭を控えた大切な時。サンクランド国内も久しぶりのパライナ祭に向けて、徐々に動き出しつつあります。ぜひ、セントノエルの前生徒会長として、また、パライナ祭の声掛け人として、その意義を説きつつ、共に歩みを合わせて、前進して行っていただければ、と……」
森にキノコ狩りとか行かせねぇよ? ちゃんとここに来るまでに、目ぼしい森をチェックしてたの知ってんだからなぁ! という目で見つめてくるキースウッドに、ミーアは、むぅっと不満げに小さく唸るのであった。