第七十五話 深読みし合う人たちと……
「それで、森のキノコ狩りはお断りするとして……シオン殿下にお願い、ですか……」
キースウッドの瞳に、鋭い光が宿る。
「ちなみに、それは……なにか、料理的なものについて、ですか?」
キースウッドは慎重に、まるで言葉を選ぶようにして言った。
「あるいは、そう、例えば、サンクランド式温室を使ってキノコを栽培する的なこととか?」
「ほう! サンクランドはそのようなことを考えておりますの?」
ミーアがギラリッ! と目を輝かせるのを見て、キースウッドの顔に、しまった! という焦りが浮かぶ。
「いっ、いえ、失言でした。てっきり、キノコを狩れる森をお探しと言うことでしたので……てっきり……」
まるで、山頂に布陣した結果、自軍を壊滅させてしまった将のような、後悔のにじみ出る顔をするキースウッドに、ミーアはサラリと応える。
「あら、旅先のご当地キノコ情報を集めるのは、当たり前のことだと思いましたけど……」
ぐぬ、っと、悔しげな顔をするキースウッド。では、っと口を開きかけたところで……。
「お久しぶりです、キースウッドさん」
遅れて馬車から降りてきたティオーナが挨拶した。そちらに目を向けたキースウッドが、ハッと目を見開く。
「ティオーナ嬢……ああ……そうか。なるほど、そういうこと、ですか……」
なにかしら、納得した様子で頷いてから、ホッと安堵のため息を吐き……、
「……いや、そういうこと……だよな……? メンバー的には……いや、しかし、まだ油断は……」
今度は、なにやら、不安げにつぶやくキースウッド。
――ふぅむ、なんだか忙しないですわね、キースウッドさん。なにか、心配事とか悩み事でもあるのかしら……?
まぁ、彼もサンクランドの王子の従者である。悩み事の一つもあるだろう。イケメンでモテそうだし、あるいは、女性問題でも抱えているのかもしれない。
いつも料理の相談に乗ってもらってるし、悩みがあるのなら乗ってやってもいいかな? キノコの養殖という良いアイデアもいただけたし、っと、非常に寛容な気持ちになるミーアである。
人格者然とした笑顔をキースウッドに向けつつ……。
「シオンに話があるのは、わたくしというよりも、ティオーナさんのほうなのですけど……、わたくしも、ご紹介いただきたい方がいらっしゃいますの」
「ちなみに、それはどなたか、お聞きしても?」
「ええ。ロタリア・ソール・オリエンス公爵令嬢をご紹介いただきたくって……」
「ロタリアさまに……それではやはり……」
目を見開くキースウッドに答えたのは、ミーアではなかった。
「サンクランドの企画展示であるサンクランド式温室……」
ミーアの後方、眼鏡の忠臣が静かに歩み出る。キースウッドに真っ直ぐな視線を向けて、
「準備の担当をされているロタリアさまに、お話を直接お聞きしたいと……ただそれだけのことです」
そう言って、眼鏡を軽く押し上げた。
――ティオーナさまとシオン王子の縁談をミーアさまが押し進めることは、サンクランド側からすると内政干渉に他ならぬものだろう。そのために、ロタリアさまとの面談を求めたところで、叶うはずがない。
無論、内政干渉という言葉は絶対の免罪符にはなり得ない。
全ての権威を神聖典が保証する以上、もしも神聖典に反することが行われていた場合、他国がその国に干渉し、是正させるのは正当なこととされる。王は与えられた権威を正しく用いて、他国の王の不正を正す責務を負っている。
ゆえに、もしも、シオンとロタリアの縁談が神聖典に反するものであるならば、ミーアは堂々と干渉し、それをぶち壊しにできる……のだが。
――民心を安らげ、国を安定させるような政略結婚は正当なもの。妨害すれば、抗議を受けるは必定。
サンクランドの統治は、神より権威を与えられたサンクランドの王侯貴族が行う。ティアムーンの統治は、神より権威を与えられたティアムーンの皇帝と貴族が行う。これもまた神聖典の理に則った考え方だ。
ゆえに、ロタリアに会う大義名分が必要だった。
――ロタリアさまが企画展示に関わっていることは僥倖と言えるが……。しかし、パライナ祭と合わせるように出てきた縁談……。もしや、ナホルシア女大公は、パライナ祭を将来のサンクランド王と王妃の晴れ舞台にしようと考えているのではないか? だからこそ、惜しげもなくサンクランド式温室の情報を明かそうとしている、と……。
将来の王と王妃の共同作業。それを飾りとしてのサンクランド式温室というわけだ。
現在『帝国の叡智』が独占しつつある栄光を、再び、サンクランドへと取り戻したい。それは、保守派の偽らざる本音だろう。
サンクランド国王の正義と権威の下に各国を統一し、平和を築く。それこそが彼らの思想の根本だからだ。
――だが、ミーア姫殿下は、そのような在り方をよしとはなさらない。なにしろ、ご自分が、その頂点に立つことすら嫌う方だ。
あれほどの叡智を持っているにも関わらず、自分がすべてを治めるのではなく、各地に住まう王侯貴族が、責任を持ってその地を治めることを求めるミーアなのだ。
サンクランドの国王の在り方、貴族の考え方には、否と言わざるを得ないのだろう。
――ご自分では否定なさると思うが……ミーアさまならば、国々を統治することも容易だろうに……。それをしてしまうと、神聖典の理に反するから、人々の混乱を生むとお考えなのだろうか。あるいは、後の世のためにもならないとお考えだろうか。ミーアさまがいらっしゃらなければ、国が機能しないというのも問題だ。ミーアさまは不世出のお方。代わりを務められる者はいない。ご自分がいなくなった後も不都合が無いような体制を今の内から整えておこうというのだろう。この先、百年、二百年を視野に入れて動かれているのだ。
改めて感心を新たにするルードヴィッヒである。
当のミーア的には……、
「あー、誰か上手いこと統治できる方が世界を治めてくれたら楽でいいですのに……」
っと、自分以外の誰かが上手くやってくれるなら、サンクランド式統治法でも一向に構わないと思っていたりするわけだが……。
ルードヴィッヒは知る由もないのであった。




