第七十四話 キースウッドはデキる男である
ミーア・ルーナ・ティアムーン、サンクランドに来襲す!
シオンの私室に呼び出され、その報せを受けた時、キースウッドは何が起きているのか、一瞬、混乱を禁じ得なかった。
報告によれば、すでにその一団は、サンクランドとヴェールガの国境付近にまで到達しているという。
――早すぎる! そもそも、この時期に、いったいなぜ……?
シオンと会いたいのであれば、セントノエルの新学期を待てばいいと思うのだが、わざわざサンクランドに来るというのが、なんとも不吉だ。
その旨、シオンに聞いてみると……。
「どうやら、パライナ祭の企画展示の視察で来るみたいだな。サンクランド式の温室の準備はナホルシアさまに一任しているが……確か、企画の責任者は……ロタリアが担っているんだったかな」
微妙な顔をするシオンであるが、とりあえず、キースウッドはホッと安堵の吐息を吐いた。
なるほど、なるほど……、確かにサンクランドの出し物の見学というのならば理解できる。
――シオン殿下も何回か聖ミーア学園に視察に行ったしな。うん、それならお互いさまだ。祭りの主旨は平和なものだが、それでも、国家の威信を懸けた出し物という側面もないではないだろうから、こちらだけ見させてもらって、というのはアンフェアだしな。うん、納得、納得……。
「おっ、ティアムーンは、どうやら、なにか新しい料理を展示で出す予定らしいぞ。聖ミーア学園で開発したらしい」
「――っ!!!」
キースウッド、思わず息を呑む。
口元に手をやりつつ、声が漏れないようにしつつ、考える……。熟考する!!
――新メニュー……だと? いや、落ち着け。別にミーア姫殿下がご自分で作ったりはしないだろうから問題ない。そうだ、何も問題ないとも……。
自分に言い聞かせる。っと……。
「しかし、なるほどな……。ミーア二号小麦を使った新メニューというのは、なかなかに良い展示の仕方だな。今回のパライナ祭は飢饉に抗するため、各国の足並みを揃えるのが目的だ。だが、危機に備えると言われても、ピンとこない者もいるかもしれない。美味しく珍しい新メニューとして紹介するのは良い手だな」
腕組みしつつ、シオンが、ううむ、っと唸る。
「サンクランド式温室で作った野菜を使ってなにか料理を出すか……。あれを使えば季節外れの野菜も作れると聞くし……」
「なるほど、それはよろしいのではないでしょうか」
頷いてみせてから……ふと思いつく。
――待てよ……? ミーア姫殿下は、この手紙で、なぜ、料理の話題を……?
頭に湧き出た疑問、その答えを出すように、シオンのつぶやきが聞こえてくる。
「どうせ、ミーアが来るのなら、少しアイデアをもらってもいいかもしれないな。彼女たちはなかなか奇抜な料理を作っていたし、料理にも造詣が深いようだったからな」
――シオン殿下が、思考を誘導されたっ!?
正気かっ!? こいつ! っと若干、失礼な感情を抱きつつシオンの顔を見つめるも、彼は、良いことを思いついたぞぅっと頷きつつ、
「俺たちでは良いアイデアも出せないだろうしな。わかる者に知恵を借りるのが良いだろう」
帝国の叡智は、その方面ではわかるものじゃねぇんだよなぁ! っと主張したいキースウッドである。ものすごく! 主張したいキースウッドである。が……、そんなキースウッドの心など、まったく知らず、シオンは口元に手をやり、くすくすと忍び笑いをこぼす。
「しかし、前回もそうだったが、大国の姫らしからぬフットワークの軽さだな」
その、実にのんきな様子に、キースウッド、ちょっぴりイラァッとしなくもないのだが……。
「……は、ははは。まぁ、料理のアイデア云々は、お時間があったら、ということで……」
引きつった笑みを浮かべつつ、キースウッドは言った。
「では、僭越ながら、私が迎えに行ってきましょう」
「ああ、行ってもらえるか。すまないな、キースウッド」
「いえいえ、お気になさらず。ははは、ミーア姫殿下がいらっしゃるのであれば、歓迎しなければなりませんからね!」
とりあえず、なんとかして、新メニュー開発に話が流れていかないよう、ナントカ誘導しなければっと心に誓うキースウッドであったが……。
「これは、ミーア姫殿下、ようこそ、サンクランドへ」
「ご機嫌よう、キースウッドさん。わざわざ、迎えに来ていただきまして、感謝いたしますわ」
合流して早々、キースウッドは意表を突かれていた。
ミーアの連れている一団が、想定よりも大規模だったためだ。
「こたびは、パライナ祭の準備を見学にいらっしゃったということですが……」
「ええ、それもあるのですけど……実は、それとは別に、折り入ってシオンにお願いがございますの……」
挨拶もそこそこにミーアが言った。
その神妙な表情に、キースウッドは警戒心を上げる。
「シオン殿下に……お願いですか?」
なにやら、トンデモナイことをお願いされそうな、そんな予感に囚われるキースウッドである。具体的には、こう……森に、サンクランド特産のナニカを狩りに行きたいとか……、そんな感じのヤツをお願いされそうな……そんないやぁな予感に囚われたキースウッドであったのだが……。
「ついでに、どこか、良いキノコが採れる森にお連れいただければなお嬉しいのですけど……」
「とりあえず、そちらは厳にお断りいたします」
きっぱりと言うキースウッド。
彼は、NO! と言うべき時には言える、デキる男なのである。