第七十話 旅の備え
さて、エメラルダとのお茶会を終えたミーアは、その後、ガルヴにも挨拶しておく。
シンゲツモチモチの名前を提案しつつも、さらなる新メニューの開発に期待しつつ、料理学部の功績を絶賛! 奮起を促しつつ、忘れず、静海の森の調査のお願いもしておく。
ついでに、特別初等部のメンバーが手伝いに来るということで、ヤナとキリル、さらにパティとは一旦ここで別れることにする。
「ハンネスさんにもよろしくお伝えいただきたいですわ。歌詞の謎をなんとか解き明かすことを期待しておりますわ。それと、特別初等部のみんなの働きにも期待する、と、くれぐれも伝えていただきたいですわ」
これにより、最終防衛線はより厚みを増したと確信するミーアである。なにしろ、信頼をおく自らの聡明なる祖母がその指揮に加わるのだから。
「後のことは、頼みましたわよ、パティ」
その声を受け、しかつめらしい顔で頷くパティ。その胸の内は、己が孫の功績を全世界に広める機会を得て、やる気満々であったが……。「うちの孫娘は帝国の叡智―!」と、地面の穴に向かって思いっきり叫んでやりたい気持ちでいっぱいになっていたのだが……。まぁ、それはさておき。
そうして、ミーアは帝都ルナティアへと帰還を果たした。
すぐにでも、サンクランドに向かいたいところをグッと我慢。まず、旅の準備を整える。
「あまり日がありませんわね。恐らく、ティオーナさんのことは、あまり先延ばしにしないほうが良い気がいたしますわ。まかり間違って、シオンが縁談をオーケーしてしまったら取り返しがつきませんし……」
ということで、ルドルフォン領から、ティオーナとリオラも帝都へ同行していた。
ルードヴィッヒとの打ち合わせを終えたらすぐに、サンクランドに向かう予定だ。
「お待ちしておりました。ミーア姫殿下。ルドルフォン辺土伯領はいかがでしたか?」
早速、訪ねてきたルードヴィッヒを、白月宮殿の空中庭園へと迎え入れる。
「ご機嫌よう、ルードヴィッヒ。ええ、有意義な時間を過ごすことができましたわ。静海の森の奥には、やはり、なにかありそうな感じがいたしますわね」
お茶を勧めつつ、自らはお茶菓子のクッキーをひょいぱく。エネルギーを補充しつつ、あちらであったことを情報共有していく。
「ということで、ハンネスさんにヴァイサリアンの歌の解読を進めていただきつつ、並行して、森での捜索はルールー族に依頼いたしましたの。ああ、その条件としてルールー族もパライナ祭に参加したいと言ってきて……。わたくしを模した木像を展示することで参加したい、などと言うので、彼らにだけ特別に許可いたしましたわ。特別に、ね」
きちんとルードヴィッヒの前で「特別!」を強調しておくミーアである。くれぐれも、他の者たちが黄金像とか馬鹿なことを言い出さないように、きちんとしておいてくださいましね、お願いしますわよ? と言外に伝えるミーアである。
「なるほど……そういうことでしたか」
真剣そのものの顔で、ナニカ理解した顔をするルードヴィッヒである。ナニカ、後の世で教科書に載るようなことを考えているのかもしれないが、それはともかく。
どうやら、きちんと情報は伝わったらしい、と安堵しつつ、ミーアは続ける。
「それで、とりあえず、そちらのことは、彼らに任せて、わたくしはサンクランドに向かおうと思っておりますの」
「そうですね。森の調査については、我が師ガルヴに任せていただいても問題ないかと考えますが……しかし、サンクランドの女傑、女大公ナホルシア、ですか……」
ルードヴィッヒは顎に手をやりつぶやく。
「先日のミーア姫殿下の誕生パーティーにも参加されていましたね」
「ええ。多少ではありましたが、お話をすることができましたわ。なかなかの人物のようですけど……あの方について、なにか知っておいたほうが良いことはございますかしら?」
今のところ、女大公ナホルシアに関する情報はあまりない。サンクランド式温室を開発したらしいということと、自分の娘を、未来のサンクランド王妃にしようとしていること、保守派の重鎮であることぐらいだろうか。
――サンクランド式温室は、実質、彼女のお抱えが開発したのでしょうけど、そういった技術の開発にも積極的な方と考えればいいのかしら……。
「そうですね。情報の復習になってしまうかと思いますが、なかなかの傑物とお聞きしています。国境を任されたオリエンス大公家の当主の座を女性の身にて見事に勤め上げる人物。その統治は公正で、民からの人気も高い。持ち前のカリスマ性から家臣からも非常に信頼されているとか……」
非常に高い評価を口にした後、ルードヴィッヒは眼鏡を押し上げる。
「そして、ご存じのとおり、保守派の重鎮です。ランプロン伯などとも近しい間柄ではないかと思いますが……」
ミーアは、はて? ランプロン伯、ランプロン伯……っと考え、考え、考えて……。
――ああ、あのサンクランドでお会いした方でしたわね。エシャール殿下とエメラルダさんとの縁談を進めようとしていた……。なるほど。
腕組みしつつ、ミーアは頷く。
「エシャール殿下を使い、シオンへの牽制にしようと考えていた保守派ですから、それが叶わぬとあって、今度はシオンに手綱をつけておきたかったという感じかしら?」
「はい。政略結婚としては妥当なものではないかと思います。しかし、保守派の思惑は別にして、女大公ナホルシアの狙いがそれだけかどうかは、断言できませんね」
「といいますと?」
ルードヴィッヒは眉間に皺を寄せつつ、眼鏡をクイッと押し上げて……。
「オリエンス女大公という方は、極めて優秀な方ですから。他の保守派貴族と同じ次元で物事を見ていない可能性があります」
「ふむ……」
ミーアはナホルシアの顔を思い出し、頷く。
あの迫力、そして、その目に宿った知的な輝き。あれは、確かにミーアに阿るために近づいてくる凡百の貴族たちとは違った風格があった。
――ラフィーナさまのような、獅子の風格がございましたわ。
今や、撫でてーっと近づいてくる家猫のようになり果ててしまったラフィーナが、その身の内に眠らせている獅子の風格……それと似て非なる雰囲気を、ミーアはナホルシアに感じ取っていた。
――確かに一筋縄ではいかない人物、という感じがいたしましたわね。
そんなミーアの直感の正しさを裏付けるように、ルードヴィッヒは頷いた。