第六十九話 シンゲツモチ、モチ
さて、族長との打ち合わせを終えたミーアは、なんだか一仕事終えた気分になっていた。
「今夜の宴の料理はなにかしら?」っと早くも宴会食モードに頭も胃袋も移行しつつあるミーアのところに、意外な客人が訪ねてきた。
「ご機嫌よう、ミーアさま」
「あら、エメラルダさん……、なぜここに?」
ルールー族の村にエメラルダが来るというのが少しばかり意外で、首を傾げてしまうミーア。対して、エメラルダは肩をすくめて、
「我が愚弟ヤーデンが、聖ミーア学園でパライナ祭の準備を進めたいとか言っていたので、一緒に来てしまいましたの。エシャール殿下のお手伝いができればと思ってきてみれば、ミーアさまもいらっしゃっているというではありませんの。それならば、お茶会でもご一緒に、と考えるのが当然のことではありませんの」
なるほど、まぁ、エメラルダならば、お茶会のために森の中でも来るか……っと改めて納得しつつ、気を利かせてくれた族長の計らいで、村の一角にテーブルと椅子を用意。そこで即席のお茶会と洒落込む。
「ふむ……、森の中でお茶会というのも、なかなかに風流ですわね」
などとつぶやきつつ、テーブルの上に並べられていくお茶とお菓子に目をキラキラさせる。
ちなみに、お茶菓子はエメラルダが持ってきてくれた。なんでも、聖ミーア学園で開発中のお茶菓子らしい。実に楽しみである。が……。
「それはそうと、レムノ王国の教員探しの件ですけど、なかなかに手を焼いておりますわ」
エメラルダの口から出た言葉が若干、不穏なものだったので、とりあえずは、話に集中。
「まぁ、そうなんですの? グリーンムーン家の伝手を使ってもとは、いささか意外ですわね」
「無論、教師として優秀な人材というものには少なからず心当たりがございますわ。けれど、みな、レムノ王国で教鞭を取る意義を感じない、と……。セントノエルやグロワールリュンヌ、あるいは聖ミーア学園ならまだしも、なぜレムノ王国の、それも、まだできてもいない学校のために苦労しなければならないのか、と……。まぁ、要約するとこのような調子ですわ」
「ふむ……。なるほど。優秀な教師であれば、すでにある名門校で、優れた生徒を相手にしたいと思うもの、と……そういうことですわね。確かにその通りではありますわね」
そして、レムノ王国には、そのような環境は望めない。苦労することは目に見えている。
「脅しつけてやれば首を縦に振る者もいるかもしれませんけど、あまり、お勧めはできませんわね。やるべき授業はやるでしょうけれど、それ以上は望めませんわ。クラリッサ姫殿下と共に学園の中核を担えるような人材にはなり得ないのではないかと思いますわ」
「そうですわね。すでに学校が設立されていて、教師の一人として派遣するのならまだしも、クラリッサ姫殿下と共に志を持って学校を建て上げていくという方が必要ですわ」
頷いて同意しつつも、ミーアは、エメラルダが持ってきたお茶菓子に目をやる。頭を使うために、ここらで甘い物を吸収したいところである。
「ところで、これは……ミーア二号小麦を使って作ったお団子、かしら……。しかし、上にかかっている、この粉は……」
ミーア団子の上に、薄茶色の粉と粘り気のある黒いソースがかかっていた。軽くフォークですくって味見する。と……。
「これは……豆かしら? それを炒ってすりおろした感じですわね。この黒いソースはハチミツ? とても甘いですけど……」
「セントバレーヌを経由して届いた「黒蜜」というらしいですわ。なんでも、シャトワキビという植物から取れる蜜だとか。ブルームーン公爵家のカルラさんが持ち寄ったものらしいですわ」
頬に手を当てて、エメラルダは続ける。
「なんでも、ランジェス男爵家のウロスさんを呼びつけて、なにか良い菓子の材料はないか、とお尻を蹴っ飛ばしたとかなんとか。それで、成り行きでウロスさんもグロワールリュンヌ学園の手伝いをするらしいですわよ」
「あらあら、ウロスさん。懐かしい名前ですわね」
ダンスパーティーの日、ティオーナに無礼を働いた四人の貴族の一人である。厳密には彼らの従者がやった、ということになっているが……まぁ、それはさておき。
それ以来、選挙の時にミーアの支援者として尽力したり、とそれなりの関係を築いてきた少年である。
――そういえば、彼は前時間軸では、いろいろと気の利いたお土産を持ってくるやつでしたわね。シュークリームをセントノエルに広めたのも彼でしたし……。実家もお菓子作りに力を入れていたような……。
ふくよかな顔を思い出し、食べ過ぎには気を付けてもらいたいものですわ……と他人事のように思うミーアである。
「まぁ、そうなんですのね……ふむ、なるほど。ハチミツよりコクがあるように感じますわね」
黒蜜の味見をしてから、ミーアは、ミーア団子にそれを絡めて食べてみる。
ふわ、もち、っとしたあまぁい団子に、豆の粉と黒蜜が絡み合い、なんとも不思議な食感だった。
「おお……これは、なかなか……変わってますわ」
「ミーア団子のアレンジ料理で、ミーアモチモチという名前にしようかと相談しているらしいですわ。お団子の部分は保存も利くとか……」
「ふぅむ、保存が利くというのは素晴らしいですわね。パライナ祭の展示でお客さんに振る舞うとよろしいのではないかしら」
などと思いつつ、いささかネーミングには思うところがあるミーアである。
――ミーアもちもち、では、わたくしがモチモチFNYっとしてるみたいに感じますわね。このお団子もそもそも、満月団子というのが正式名称なのではなかったかしら。となると……この色的に……。
ミーアは腕組みして眉間に皺を寄せることしばし、それから、パンッと手を叩き、
「そうですわ。満月団子と揃えてということで、シンゲツモチモチというのはいかがかしら? 黒っぽいし、ピッタリだと思いますけど」
ミーアのネーミングに、エメラルダもニッコリ微笑んで、
「ミーアさまのネーミングに否というものはおりませんわ。シンゲツモチモチ、とても素敵な名前ですわ」
こうして、パライナ祭に新メニュー、シンゲツモチモチが出展されることが決定したのであった。
「ふふふ、それにしても、調理部門の方たちは、きっちり仕事をしてくださっているみたいですわね。さすがですわ」
そこで、ミーアは、ふと思う。
――ふむ、わたくしが心配し過ぎなだけで、他の方たちも、実はそんなに変なこと、しないのではないかしら? 魔窟だなんだと、失礼なことを考えすぎていたのかも……。
美味しいシンゲツモチモチが、すっかりミーアの心を軽くしていた。
甘い物は気持ちを明るくさせ、甘美なる油断へと誘い込むもの。まんまとその罠にはまってしまったミーアなのであった。
「さて、それはさておき、講師選びはなかなか難しそうですわね」
難しい顔をするミーア。そこで、エメラルダが、ちょっぴり胸を張って、ドヤァッという顔をして、
「ええ。難しかった、ですわ。で・す・け・れ・ど! お一人だけ、候補を見つけることができましたわ!」
「なんと! そうなんですの?」
驚くミーアに、エメラルダは一枚の紙を差し出した。
「強いお志を持っている方。教育により、社会を善き方向へと導くことに意義を感じている方。この方であれば適任ではないかと思いますわ」
その紙に目を落とした時、ミーアはふと小首を傾げた。
「あら……この方の名前……。この家名、もしや……」
「やはり、ミーアさまはご存じでしたわね。サンクランドの重鎮ですし、学問や研究に非常に関心のあるお家柄で……」
「ああ、なるほど……。そういえば、あの方が『開発した』と言っておられましたわね。なるほど、学のある家柄なんですのね……しかし……ふふふ、これはますますサンクランドに行かないわけにはいかなくなりましたわね」
ミーアが見つめる先にあった名前……。
ロタリア・ソール・オリエンス。
オリエンス女大公ナホルシアの娘の名前が、そこに記載されていた。




