第六十四話 族長のお願い
「お願い……それは、なにかしら?」
ミーアは思わず身構える。
なにしろ、この黒い霧、夜蒸気の中を調査するのは命懸けになりそうだ。その代償を求められる以上、生半可なものではないだろう。
金銭的な物であれば、まだなんとか対処できるだろうが……。
っと、息を呑むミーアの前、族長は進み出ると、スチャッと懐から、ナニカを取り出した。
それは七色に輝く……像だった!
「お……おお……それ、は……?」
「ミーア姫殿下の像、です。ワグルが作ったものです」
それは、ちょうど持ち運びに便利なサイズ、片手に持って目の前の人物を撲殺する凶器にちょうど良いサイズ感の像であった。形状としては、ミーアが神々しい感じに片手を前に突き出し、もう片方の手をグッと握りしめていることから、鈍器として使ったら腕が折れてしまいそうだが……。
「これは……、よく……できてますわね」
色々、言いたいことはあるものの、とりあえず、褒めておく。
ワグルは、族長の大切な孫なのだ。否定するようなことは、ここでは言えない。
「しかし、この色合い……もしや、この静海の森の木で作った物なのでは?」
「はい。我らの宝を用いて、そこから、ミーア姫殿下のお姿を削り出した、です」
族長は「ワグルもなかなかやるでしょう?」っと穏やかな笑みを浮かべる。
ミーアは「ワグルもなかなかやってくれますわね!」っと穏やかな笑みで返す。
「それで、この像がどうかなさいましたの?」
平静を保つべく、ミーアは像を族長へと返す。族長はそれをしげしげと眺めてから、
「実は、我々ルールーの者も、パライナ祭のお手伝いに関われれば、と考えている、です……」
「まぁ! そうなんですのね。聖ミーア学園も近いことですし、人手があるのであれば、助かりますけど……」
頷きつつも、これは、ただ単に学園の発表を手伝いたいとか、そういうことじゃあないんだろうなぁ……と、ミーアは遠い目をする。と、案の定、族長は言った。
「我らみなで、ミーア姫殿下の彫像、作り、展示したいと考えている、です。その許可を、ぜひお願いしたく思う、です」
――ああ、まぁ……そういうことですわよね、話の流れ的に……。
ミーアはチラリ、と横目に、その像を見た。
七色に輝く、大変立派な物だった!
とても目立つ、逸品だった!
たぶん、ラフィーナにお土産として渡したら、すごぉく喜んでもらえそうなほどの、逸品だったのだ!
「聖ミーア学園とグロワールリュンヌ学園の展示のところに、わたくしの彫像を飾りたい、と、そういうことなのですわね?」
深々と頷く族長に、ミーアは、念押しするように重ねて問う。
「この森の木を用いた像なのですわね? 黄金の像とかではなく……」
族長は静かに首を振り、
「黄金ごときものでミーア姫殿下のお姿を模すは失礼と、考える、です」
――ま、まぁ……そういうことなら……。木像ですし……。黄金像とかじゃなければ別に許してしまっても良いのではないかしら……。
比較の対象は、いつでも天を衝く黄金像だ。そのふもとで、ミーアエリートたちが跪き礼拝している光景を妄想し、ミーアはぶんぶんっと首を振る。
これは……ヤバイ。
中央正教会の神に完全に喧嘩を売っている。
それに加えて、費用も莫大なものになるだろう。
今でこそ、徐々に、帝国の財政は回復しつつあるが、巨大な黄金像などもってのほか。そのせいで民草に重税を課し、恨みを買ってギロちん大復活、などということになるのは、なんとしても避けたいところではある。
けれど、木像であれば……しょせんは木である。
森の木を使って作った彫像であれば、まぁ、別に……っと思いかけたミーアであったが……、ふいに……、なにかが引っかかた。
――ん? なにかしら……今、なにか……。
生じたのは違和感、なにか……なにか重大なことを忘れているような……。
この手の感覚は放置しておくと後で痛い目を見る。そんな経験則に基づき、ミーアは考える。
――なにをわたくしは、見落として……ん? 黄金ごときもの……? あっ!
ミーアは、そこで一つのことに気付く! 奇しくもそれは、キリルに言ったことであった。
すなわち……。
――ルールー族にとっては、あの木は黄金より価値のあるものなのですわ。ということは、実質、黄金像以上に高価なわたくしの像が作られようとしているということで……。
価値とは一体なにか……? なぁんて、ちょっぴり哲学的なことを考えて現実逃避してしまうミーアであるが、それはともかく……。
問題は、それを許可しても良いかどうか、である。
そんな貴重なものを用いて、自身の像を作っても良いものだろうか?
今後、もし万が一、自分がうっかりルールー族の機嫌を損なうようなことをしたら……せっかく自分たちの宝を用いて、称える像を作ったのに、あいつやりやがったな! などと……怒りを燃やされたりしないだろうか……?
「族長さま……そのような……大切な財を、わたくしのために供出するなど……申し訳ないですわ」
とりあえず、遠慮してみせておくも……。
「お許しは、いただけない、ですか?」
しょんぼり、肩を落とす族長に、ミーア、慌てる。
あちらのお願いを聞かず、こちらのお願いだけ聞いてもらう、というのも、筋としては通らないだろう。
――まぁ、仕方ありませんわ。パライナ祭は大きなお祭り……。であれば、仲間外れを作るのは望ましくありませんし……。
そうして、ミーアは、覚悟を決める。
像にしてもらった身として、 ルールー族と、今後も友好的な関係を続けていくことを。
万に一つも、機嫌を損ねないことを。
そして、もう一つ……。
「……あなたたちだけですわ」
「え……?」
目を瞬かせる族長に、ミーアははっきりと宣言する。
「今回、わたくしの像を作るのを許すのは、あなたたちだけ。これだけはしっかりと言明しておきますわ」
重々しい口調で告げる。
なにしろ、ルールー族に続け! とばかりに他のミーアエリートたちが、いろいろな貴金属の像を建て始めたら大変だ。
それに、ミーアから像の制作の許可をもらったルールー族を通して、お願いが届くかもしれない。それをいちいち、断るのも気が重い。
ゆえに、ミーアは、きちんと族長の前で宣言しておかなければならない。
「あなたたちの真似をして、同じようなことをしようとする者たちには決して認めませんわ。あなたたちだけ。そのことは、しっかりと、記憶に留めておいていただきたいですわ!」
そう言いつつも、ミーアはなんとなく実感があった。
――しかし……、これ、負け戦でジワジワと後退している心地がしますわね……。ううぬ、最終防衛線に特別初等部の小さな常識人たちが集ってくれているとはいえ……いささか心配になってきますわ。
パライナ祭という本戦を前に、すでに壊滅寸前のミーア軍なのであった。




