第六十三話 冒険姫、冴え渡る(真!)
申し訳ありません。投稿したつもりになっておりました。
暑さでボォっとしていますね。みなさまお気をつけください。
そうして、恐ろしげな道を進むことしばし……。
辿り着いた場所に、ミーアは息を呑んだ。
「こ……ここは、いったい……」
目の前、漂うのは、黒い煙のようななにかで……。
「いえ、煙と言うよりも、これは……黒い霧……かしら?」
「夜蒸気の森、と呼んでいる、です」
族長は、みなにそこに留まるように言って、一人、その中へと入っていく。
しばしの静寂……その後、族長の姿がゆっくりと、闇の中から現れる。ねっとりとした闇をその身に絡ませつつ、族長は険しい顔のまま言った。
「今、少し行ったところで叫んだ、ですが、声、聞こえました、ですか?」
「いえ、まったく……」
ミーアは驚きつつも首を振る。
――叫んだ? まったく、少しも聞こえませんでしたけど……。
族長は深刻な顔のまま頷いて、
「この夜蒸気は、新月の夜闇の残滓。我らの目を奪い、耳を塞ぐ、です。なにも見えず、仲間たちの声も聞こえない。だから、方向を見失い、迷い、助けを呼ぶこともできない」
「なるほど、これは……。確かに危険ですわね」
これでは、たとえ案内を付けて入ったとしても、なにかを探すのは不可能。しかも、少し離れると音が聞こえなくなるのであれば、簡単に逸れてしまうだろう。
「これが、立ち入りを禁止されている理由なのですわね。そして、あの中のことは誰も把握していないから、わたくしの探し物が隠されていても不思議ではない、と……」
神聖典によれば、人は知恵の実に手を出したせいで、神の園を追われた。そして、二度と、人は入れないようになったという。
その原因がこの夜蒸気であるならば、十分に納得いくことだった。
――でも、これ、実際にこの中で探し物なんか不可能なのでは……。
眉をひそめるミーアであったが……。
「……新月の夜闇の残滓……ということは、もしかして、次の新月に向けて、この夜蒸気は薄くなっていく……?」
不意に声を上げたのはパティだった。
それを聞いた族長はちょっぴり驚いた顔で目を見開いた。
「さすがは、帝国の叡智に同行する子ども……。そのとおり」
深々と頷いてから、続ける。
「新月の日、の夕刻までが最も夜蒸気が薄くなる時、です。しかし……」
族長は目を細めて続ける。
「それも、その一日。しかも、日が最も高くなる正午から、夕刻にかけての間が辛うじて中を歩ける程度。少しでも時間を見誤れば、たちまち、この夜蒸気に包まれて、道を見失う、です」
「闇雲に探すわけにはいかない、とそういうことですわね。三十日に一度の、その日に短時間で探し出す必要がある……これは相当に難しいことですわ」
むむむっと考え込んだミーア、そんなミーアに、すちゃっと手を挙げる者がいた。
視線を向けると、そこにいたのは……ベルだった。
「例えば……入る時に体に縄を結んで入るとか、どうでしょうか?」
生真面目な顔で、ベルが言った。その口から飛び出したのが、突拍子もないことでもなければ、現実離れしたものでもなく、ごくごく堅実なものであったことに、ミーアは驚愕する!
「入口と結んでおけば、縄を伝って帰ってこれるはずです。これは、迷宮とかに入る時に使える手なんですが……」
などと、特に得意げな顔をするでもなく、淡々と冒険豆知識を披露するベルに、周りの者たちも、おおっと驚いた顔をする。
ベルが……非常に頼りになる感じのオーラをまとっていた!
「壁に手を付けたまま進んでいく、というのは、森では使えませんけど……他には到達地点まで印をつけていき、次の時にはその印の先から、みたいにして、徐々に調べていくか。地図を描きながらじっくり調べを進めていくとか、そういうのもありですね。あと、念のために、中に長くいてもいいか、鳥かなにかを使って先に試しておいたほうがいいかも……」
ミーアベル・ルーナ・ティアムーンは、紛れもなく帝国の叡智の血を引く人であった……っと、彼女の時代の歴史家は評している。
知力や体力など、その能力は間違いなく高く、非凡な才を有する人であった、ということは、なんと、ほとんどの識者の一致する見解であった。
ただ……その、ちょっとだけ、興味の方向が偏りがちで、なおかつ、自分が興味あることにしか力を発揮しない、若干、幼いところがあるのが玉に瑕というか……みたいな、歯切れの悪い文章も残っていたりはするのだが……ともあれ、彼女は十分に優秀なのだ。こと、冒険・探検については、特に!
ということで、急に頼りになる感じになったベルに若干驚きつつも、ミーアは頷いた。
「そうですわね……いずれにせよ人手と、ルールー族の方たちの協力が必須となりそうですわ」
それから、ミーアは改めて族長のほうに向き直る。
「族長さま、ルールー族の方たちに危険を強いるのは本意ではございませんし、安全を確保していただくことを前提にしてのことではございますが……」
ミーアは静かに頭を下げる。
「どうか、わたくしに力をお貸しくださいまし。どうしても、わたくしたちには、命の木の実が必要なんですの」
過去に戻るパティのためにできること……。
今のミーアにできることは、それほど多くはない。
だからこそ、こうして、自分にできること、頭を下げて協力を依頼することはしっかりとしなければ、と思うミーアである。
そんなミーアに、族長は厳かな口調で告げる。
「ミーア姫殿下にお従いし、命を懸けるは我がルールー族の喜び、です。ぜひとも協力したいと考える、です。しかし……」
一度、言葉を切って、族長は続ける。
「我々からも、一つ、姫殿下に願いたきことがある、です」




