第六十二話 怖がりな祖母と孫
翌日、ミーアたちは族長の案内で、その問題の場所へと向かった。
村の奥、建てられた建物。それは族長の家と同じぐらい立派な建物だった。
入口は分厚い扉で太い閂と荒縄でしっかりと封印されていた。
実に……物々しい!
「この建物は……なにか、儀式めいた建物に見えますわね」
建物の裏は、背の低い木々に覆われていて見通せない。まるで小高い丘が立っているかのように、そこは木々の壁といった様相を呈していた。
「ここは、黄昏の獣道へと通じる門、です。村の裏側に出ている、です」
族長の指示で封印が解かれていく。それを見て、リオラが驚愕の表情を浮かべていた。
「村の裏側……黄昏の獣道……私も見たことない、です」
それからリオラが、まるで聞かれてはならない秘密を話すかのように……。
「ここ、葉っぱの化物、オッハッハオが出るから危ない、言われてる場所、です」
どうやら、例の子どもたちを脅かすための怪物が守っている場所らしい。
「子どもも大人も入るの禁止されてる、です」
「なるほど。こんなふうに封印して、なおかつ村の裏側に行かないように、子どもたちをも、しっかり怖がらせている、と……。なにか、すごくありそうな気がしますわね」
ゆっくりと開いた扉、建物の中はあまり広くなかった。奥の壁に小さな扉がつけられている。
族長が、その扉を開けながら……。
「この先に黄昏の獣道が続いている、です」
そうして見えてきた光景にミーア……ちょっぴり……ビビる!
続いていたのは、なんとも言えずに不気味な場所だったからだ。
まるで両手を広げてアーチを作っているような、曲がりくねった木々。屈むようにして木のトンネルを抜けた先には、細く曲がりくねった獣道が続いていた。
荒れ果てた道、その両サイドには背の高い雑草が伸びている。細く伸びた雑草は、風もないのにさわ、さわ、っとミーアたちを森の奥へ、奥へと誘っているかのようだった。
なんというか……村に来るまでとは段違いに、森が濃い気がする。
決して人が立ち入ってはいけないような異界の空気感に、ミーアはゴクリ、っと喉を鳴らした。
「もう少し先、容易に立ち入れない事情わかる、です」
族長はそう言うが……。
――すっ、すでに、容易に立ち入れない雰囲気が、ものすごーくございますけど!? というか、これ、葉っぱのお化けって……本当に子どもを脅かすための嘘なんですの? なにか、こう、得体の知れない化物がひょっこり顔を見せても不思議ではないような……。
四角いシルエットの化物が頭に枝を巻き付けて、森仕様になった姿を想像し、ミーアは震え上がる。
族長の後について歩きつつ……ミーアは軽くアンヌの姿を探す。いつでも忠義厚きミーアのメイドは、ミーアのすぐ後ろに控えていた。視線を受け、安心させるように頷いてくれた。
――そっ、そうですわね、化物なんか実際に出るはずもなし……。うん、大丈夫。
自分を落ち着けるように、深呼吸。
どこか、重たく感じる空気を一杯に吸い込んで、ミーアは歩き出した。
ざっざっざ……。
道を歩く音が響く。
なぜだろう……しゃべる者は一人もいない。
子どもたちも黙りこくっている。
まるで、ナニかに……、自分たちの存在がバレないよう、息をひそめているかのように。
ざっざっざ……。
道を歩く音だけが、響く。
ミーアたちが地面を踏みしめる音だけが……。
っと……。
「……なんだか、私たち以外の足音が混じってるような……」
唐突に、パティがつぶやき……直後、ハッとした顔をした。
どうやら、豊かな想像力を用いて、うっかり、こわぁいこわぁい妄想をしてしまったらしい。
怖がりほど、想像力を余計なことに用いがちなのだ。
自分で自分のつぶやいたことを吟味し……それが予想以上にコワイコトだと気付いてしまったらしい……。無意識にか、両手で自らの体を守るように抱き、少し体を縮こまらせる。
その顔は、恐怖で青ざめていた!
それはそうだ。なにせ、もし本当にそうなら、それ……怖すぎるし!
常日頃から、お化けなんかいるわけありませんわぁ! っと強硬に豪語しているミーアですら……中身は二十歳半ばを過ぎつつあるお姉さんの、あのミーアですら……。
「こっ、こわぁっ!」
っと、息を呑んでしまうぐらいなのだ。
パティだけでなく、ヤナやキリルも、さすがに不安そうな顔をしていた。ソワソワ、とあたりを見回し、心なしか青ざめた顔をしている。この場の雰囲気に、呑まれつつあった。けれど、そんな中!
「大丈夫、大丈夫。森の中で迷っても、リオラがいれば簡単に出られるし、どんな怪物が出てきても、弓でやっつけてくれるから。ね、リオラ」
子どもたちを落ち着けるように、明るい声で言ったのは、ティオーナ・ルドルフォンだった。そして、ティオーナに続き、リオラが力強く同意する。
「もちろん、です。この森は、私の遊び場ですから、どこからだって森の外にご案内できる、です」
それから、彼女は背負っていた弓の弦をビンッと鳴らして、
「たとえ、恐ろしいオッハッハオが出てきても、私の弓で一発、です」
グッと腕に力を入れて力強く頷いた。
その元気な声に、わずかばかり、眼前を埋め尽くしていた重たい空気が霧散した……そのような気がして……。
「こ、怖がり過ぎですわよ、パティ。もう、怖がりですわね?」
「……ミーアお姉さまも、声、震えてるけど……」
ジットリと、上目遣いで見つめてくるパティであった。




