第百四十話 それぞれの妄想
「うう、くそが……」
ミーアたちの目の前には縛り上げられた風鴉のメンバーが並べられていた。
といっても、未だに抵抗の意思を見せているのはただ一人。恨みがましい目で睨んでくるジェムのみだった。
ミーアは黙ってそれを見つめていたが……アベルの方を見て口を開いた。
「アベル王子……、シオン王子、お二人にお願いがあるんですの。この方たち……命だけはなんとか助けていただけないかしら?」
それを聞いたアベルの驚きは、それほど大きなものではなかった。むしろ、
――ああ、やはり、ミーアが望むのはそれか。
心を占めるのはそんな感情だ。
白鴉の者たちは、国家の転覆を企てた者たちだ。風鴉のように、ただ情報収集をしていただけでなく、直接的に攻撃を仕掛けてきた者たちなのだ。
極刑でもまだ生ぬるい。他国の者でなければ一族郎党皆殺しの目にあっても不思議ではない。
にもかかわらず、ミーアは助命を願ってきたのだ。
普通であればそれを聞くことなど、当然できない。できないのだが……にもかかわらず、アベルは考えてしまう。
――帝国の姫に請われたと言ったら、父上は聞いてくださるだろうか?
基本的に彼は……女の子のお願いには弱い男なのだ。
――諜報機関員の連中は……、なんとか説得して最大限譲歩したら国外追放か……。むしろ、大変なのは国内で革命活動にかかわった連中だろうな……乗せられただけの連中はむち打ち刑で済むかもしれないけど、リンシャとその兄のランベールは普通に考えれば極刑だ……。そちらについてはミーアはどう考えているんだろう?
疑問には思うが心配はしていなかった。そのようなことをミーアが考えていないはずがないからだ。
シオンもまた、アベルと同じように見ていた。
ミーアが自分に対して言ったこと、やり直しの機会を目の前の者たちに与えようとしているのだと考えた。
そして、その願いを通すために彼女が動いてきたのだとも思っていた。
白鴉が原因で泥沼の殺し合いが起きていたら、恐らくはこの者たちを処刑せずにいるのは不可能だっただろう。レムノ王国とサンクランドとの関係は悪化するし、戦になるのは避けられないところだろう。
そうなれば、もはや取り返しがつかない。
けれど、今回の被害はそこまでではない。
少なくともレムノ王国は、大国サンクランドを敵に回して、開戦しようと考えるほどではないだろう。
交渉次第とはいえ、ギリギリのラインを保てたと考えられる。
そのうえでのミーアの言葉である。
――仕方ないと言えるのは、そうならないように努めた者のみが言える言葉……か。
ミーアは、その最善の努力を尽くした。であるならば……、
――俺は、俺の持てる権限のすべてをもって、彼女の言葉に応えるべきだろう。
彼女にやり直しの機会を与えられたシオンとしては、せめて、それぐらいはしなければならなかった。
そして、そのためには、綿密なバランスを図る必要がある。
――仮にレムノ王国が国外追放などの軽い処分をしたとしたら、サンクランドの側も処刑はしづらいな。口封じのためにやったと思われるだろう。そのあたりをアベル王子のほうから念押ししてもらうとして……問題は、こいつらの処遇だが……。どうするのが妥当か……。
「へっ、俺たちを処刑しないって、正気かよ? なんだ、拷問にでもかけようってか?」
ひきつるような笑い声をあげて、ジェムが言った。
「ひひ、そんなことしたって何もしゃべんねーぞ」
癇に障るその声に、シオンは思わず眉をひそめた。
――ふーん、拷問ねぇ。なるほど、姫さんは、まだ裏に何かが隠れてる、と踏んだわけか……。
唯一、ディオンだけはまったく別のことを考えていた。
ここにやってくるまでに、もろもろの事情を聴かされた彼は、一つの疑惑を抱えていたのだ。
それは風鴉の変質だ。受け身だった風鴉という組織が、白鴉へと変貌していく、そのきっかけとなった男……。
――ジェムという男……、なんだか臭うんだよねぇ。
拷問でもなんでもやってみろという言葉。
それは、国家に忠誠を誓った者であれば、口にしてもおかしくはない言葉だ。
それこそ間諜に類する者であれば、当然の心得ではあると思うのだが……。
けれど、その口調は、ディオンにはただの忠誠には聞こえなかった。例えて言うならば、それは、そう……、
――狂信者が口にするような……、そういうものに似た響きがあったな。
組織が歪められた……その裏に潜む何かを敏感に嗅ぎつけたからこそ、ミーアは目の前の連中の助命を願っているのではないか、と、そう推測したのだ。
――しかし、あいつ、自分で言ってる通り、簡単には口を割りそうにないけど、姫さん、どう考えてるのかな? 案外、なんにも考えてなかったりして……。
……後半だけディオンが正解である。
ミーアが口にしているのは、単なる願望で、実際にどうするかなど当然考えてはいない。
そもそもの話……、その願望自体が自分ファーストに裏打ちされたことであったりもするのだが……。