第六十一話 古の人々に心を寄せて
さて……供されたお料理によってすっかりお腹を満たしたミーア。
目の前には見る間に空になった木の皿が重ねられていく。
子どもたちもよく食べていた。特に蜜玉は大人気で、あの表情に乏しいパティも嬉しそうな顔で食べていたから、相当のものだろう。
ミーアも無心で食べたかったが、誕生祭で蓄えたもののこともある。ここは、少しばかり控えて、夜の宴会に備える構えである。
前菜を食べ過ぎたがゆえ、主菜やデザートを食べられぬ愚を知る、帝国の熟練食道楽士らしい好判断と言えるだろう。
そんなこんなで、昼食が一段落したところで、族長がおもむろに口を開いた。
「して、ミーア姫殿下……。此度のご訪問は、いかなるご用件で……」
その言葉に、晩餐まで昼寝でもしようかしら……? とたるみかけていたミーアは、心に鞭を入れた。
「ええ、そうでしたわね。そう言った大切な話は、今のうちにしておきましょうか……。実は、族長さまにお願いがあってきましたの」
「なるほど、お願い……」
族長は姿勢を正すと、
「なんなりと、お申し付けいただきたい」
「助かりますわ。族長さま。実は、わたくし、とあるものを探しておりまして、それがこの静海の森にあるのではないか、とのことで、こうしてやってまいりましたの」
それからミーアは、これまでの経緯を手短に話し、
「そういうわけで、ヴァイサリアン族の故郷と思われる、この静海の森に命の木の実があるのではないか、と」
「海洋民族ヴァイサリアン……それに命の木の実……です、か?」
族長は髭を撫でながら考え込む。
「神聖典に出てくるものなので、とても古い木だと思うのですけど、お心当たりはございますかしら?」
これで、あれのことですかな……? などと言い出したら楽だったのだが……。
ジッと息を呑んでミーアたちが見つめる前で、族長はおもむろに言った。
「そういった木のことは、聞いたことがない、です……」
やや消沈しつつも、ミーアは重ねて尋ねる。
「なにか、伝承のようなものとか……そういうものは?」
「それに関しても……。また、件のヴァイサリアン族ですが、彼らが我らと祖を同じくするということは、ない話ではない、です。ルールーの長き歴史の中で、血の繋がりのある者がこの地を去ったということが、ない話ではない、ですゆえ」
それから、族長はしばし考えた様子だったが……。
「有名なものであれば、例えば『愚かな末息子』と言う話がある、です。リオラ、ミーア姫殿下に話して差し上げる、です」
「はい! 族長さま!」
元気よく返事をして、それからリオラは話し出した。
それはルールー族に伝わる、一つの教訓話だった。
古の族長にはたくさんの子どもたちがいた。
それぞれに個性のある兄弟たち。その中でも特に優秀で器量も良かったのは末息子だった。
狩りの腕もあり、部族の人々からも愛された末息子を、族長は自分の後継として大切に、そして厳しく育て上げた。祖先から伝わりしさまざまな森の知識を教え、一子相伝の教えと祝福も与えていた。
けれど……その末息子が、ある日こんなことを言い出した。
「俺はこんな森の中で、親父の言いなりの一生を終えたくはない。広い外に出て行き、この力を試したいのだ」
自身の力を過信し、高慢になった彼は父親の財と森の恵みの一部を盗んで、この静海の森を出て行き、二度と戻ってくることはなかった。
それは、森の外に安易な憧れを抱くことへの戒めとして、長らく語られてきた話だった。
「作り話の類と思っていた、ですが……」
意味深に言葉を切った族長に、ミーアも頷いてみせる。
――真実、そのようなことがあったとしたら……、どうかしら?
もしも……森を出たその末息子が、命の木の実や水土の薬など『森の恵み』にまつわる知識を持って、出て行ったとしたら……。
そんな彼が東に向かい、ヴェールガ公国の祖である漁師たちと出会っていたら?
その地で暮らしながら、漁の技術を身に着けて、子を成し、一族を成していたら……。
平穏な生活、されど、故郷の森への郷愁から、あの歌を口ずさんでいたら……。
時を経て、ヴェールガでエピステ主義が起こり、その対立によって、彼の一族が湖周辺の地を追われたとしたら……?
故郷の静海の森を指していた「霧の海」に、ノエリージュ湖の意味が交じり合った、その歌を口ずさみながら彼らは、ガレリア海へと流れていく。長き時間を経て、ガレリア海を故郷と呼ぶまでになった彼らは、再び、ガヌドス港湾国の迫害によって散らされ、故郷を追われる。
『霧の海』という言葉にガレリア海と言う故郷が混じりあい、郷愁の歌は語り継がれていく。
あくまでも、それは想像に過ぎない。けれど、少なくともこの静海の森にヴァイサリアン族のルーツがあったとしても、不思議はないのかもしれない。
「それと、我らが知る場所には、命の木なるものはない、です」
族長は言葉を続けた。
「……ゆえに、あるとすれば、それは我らが知らぬ場所にあるのではないか、と」
「ルールー族のみなさんが、知らない場所……ですの?」
「静海の森には、立ち入ることを禁じている場所、ある、です。危険ゆえに、誰も立ち入ることのできぬ場所。入れば迷い、出ることは困難、と。そのように言われる場所、です」
難しい顔で、族長は言った。




