第六十話 ミーア姫、深淵な謎の前に立ち尽くす
途中、何度か休憩を挟みつつ、予定通りの昼過ぎにルールー族の村に辿り着いた。
幸い、森に潜むという怪物と鉢合わせするといったトラブルもなく順調に進むことができた。
鬱蒼と茂る木々に守られるようにして見えてきた村に、ミーアは、ふぅっとため息を吐いた。
「結構、歩きましたわね」
太ももをトントン叩きつつ、お腹をさする。
「ふむ、良い感じになってきましたわね」
朝、たっぷり食べた分は、とっくに消化し、良い感じにお腹が減って来た。これならば、歓迎の宴を三日三晩続けてもらっても、一向に問題ないだろう。
……本当に、そうだろうか?
村の前には、なんと、ルールー族の一同が揃っていた。
久しぶりにやって来たミーアを、村人総出で出迎えようということらしい。
先頭に立った族長が、威厳たっぷりに一歩前に出ると、深々と頭を下げる。
「ご機嫌麗しゅう、ミーア姫殿下」
「ご機嫌よう、族長さま。みなさまも、お出迎え、感謝いたしますわ」
軽く頭を下げてから、ミーアは族長に微笑んで……。
「ふふふ、ところで、言葉がとても流暢になっておりますわね、族長さま」
「はい。孫に教えてもらっている、です」
少しばかり照れた様子で頬をかく族長に、思わず微笑ましい気持ちになってしまうミーアである。
「仲良くできているようでなによりですわ。ということは、もしや、今日もワグルが来ているのかしら?」
さすがに声をかけなかったので、聖ミーア学園の生徒たちは来ていないだろうが、ワグルぐらいは里帰りしているかも……と、ふと思ったのだが……。
「いえ、ミーア姫殿下にぜひお会いしたいと帰って来た、ですが、学園で祭りの準備をするよう、帰らせた、です。ミーア姫殿下が、お声をかけなかったのは、祭りに集中するように、ということだろう、考えた、です」
族長の生真面目な返答に、ミーア、ちょっぴり頬を引きつらせる。
「ああ……まぁ……」
ワグルに声をかけなかったことに、若干の後悔。
――これは……族長さんに叱咤激励された形ですわね。変に気合が入るとまずいですけれど……。ふむ、やはり、念のために、特別初等部の子どもたちを抑えのために送っておいて正解でしたわね。
セントノエルで培われた子どもたちの常識観に期待すること大である!
ということで、これ以上気にすると、精神衛生上よろしくなさそうだったので、とりあえず考えないことにして……。
「では、どうぞ、こちらへ」
そうして、案内されるのは、この村で最も大きな家である族長の家だった。
巨大な木を組んで作った家、その入り口は階段を上った先にある。
何気なく足を上げた時、ミーアは仄かに感じる痛みに、ぐむっと唸った。
――ううぬ、ちょっぴり歩きすぎたせいか、足の関節がきしんでいるような気がいたしますわね。たくさん運動した証拠ですわ。その証拠に……。
っと、ミーアは試しに己が二の腕に触れる……FNYっとしている。
――ふむ…………妙、ですわね……。
予想では、もっとシュッとしてるはずなのに……。なぜ予想が外れたのか、深淵なる謎に直面し、立ちつくすミーアなのであった。
まぁ、どうでもいいが。
そんなこんなで、階段を上り、家の中へ。
大きなテーブルの上には、すでに食事の準備がされていた。
木の器に載せられた大量の料理に、ミーアは思わず、目移りしてしまう。
葉野菜を敷いた上に載せられているのは、肉汁滴る焼肉だった。その隣の容器には、色鮮やかな豆に赤いタレの絡まったもの。以前食べたことがあるが、あのタレはトマトベースのタレだったはずだ。
他にも、さまざまなルールー族料理が並んでいる。そんなご馳走の中に、ミーアは見慣れない物を見つけた。
「あら? あの宝石のようなものはなにかしら?」
ミーアが指さした先にあったのは、黄色い宝石のような物が並んだ皿だった。
「ああ、蜜玉、ですね。うふふ、すごく美味しそう、です」
リオラがほくほく顔で教えてくれる。
「蜜玉と言いますと……? 色合いからすると、ハチミツなんですの?」
ミーアの問いに、静かに首を振り、リオラが続ける。
「ハチミツみたいなもの、ですが、集めたのはハチではない、です。森に住む花蜘蛛が作ったもので、花から集めた蜜を固めたもの、です。花蜘蛛は糸で他の虫を取ることをせず、蜜を自分の糸に沁み込ませて丸く固めておいて、それを食べる、です」
「なるほど、そんなスイーツ好きな蜘蛛がいるのですわね……」
興味津々なミーアを見て、リオラがお皿を差し出してきた。
食事が始まる前に、よろしいのかしら……? っと族長のほうに視線をやれば、ニッコリ笑みを浮かべて頷いている。
族長の許可が出たとあって、ミーアは躊躇うことなく、ひょいっと蜜玉を手に取った。果物ぐらいの固さがあるそれを、一口。ぱくり。
ぷつん、っと表面の膜が割れ、中からトロリと濃密な、それでいて上品な蜜の味が溢れ出す。
香り立つ爽やかな花の匂いの鮮烈さに、ミーアは思わず、ほぉっとため息を吐く。
「おお、これは……素晴らしいお味ですわ。パンに塗るもよし、紅茶に入れるもよし。どうやっても美味しいはずですわ」
ミーアの様子を見て、子どもたちも、ソワソワと食べたそうな顔をしている。
「積もる話もある、ですが、それは食事を食べながらにする、です」
パン、っと手を叩いた族長に、ミーアは笑顔で頷いた。




