第五十九話 ランドマークたるキノコも見出せず
かくて、ベル探検隊……もといミーア一行は静海の森に分け入った。
ルールー族の戦士を筆頭に、皇女専属近衛隊の面々に前後を囲まれつつ、ミーアたちご令嬢たちは進んでいく。先頭を行くベルは、ルールー族の戦士に、ウッキウキで話しかけている。その後ろからリンシャが、ベルが転ばないかしら、と心配そうな顔でついていく。
その後ろに続くミーアは、キョロキョロ辺りを見回しながら、難しい顔をする。
「なるほど……。気を付けてみると……確かに、見通しはあまり良くないような気がしますわね。簡単に迷いそうですわ」
当たり前のことかもしれないが、ミーアは普段、道に迷わぬように注意する、と言うことをあまりしない。なにしろ、彼女の周りには道がよくわかっている護衛や従者たちがついている場合が多いからだ。
道がわかっている人がいるのに、自分がそれを気にするのは無駄なこと。と言うことで、以前訪れた際にも、ミーアは木の根元をジッと見つめてキノコを探していたり、あるいは、通り過ぎる木の本数を数えたりと、無為に時間を過ごしていた。
今回は「迷わないか?」という視点で森を見ていたため、いろいろ気付くことがあったのだ。なるほど、迷いの森と言われると、確かにそう見えてくる気がする。
目の前に広がるのは、延々と続く、同じような木と茂みのみ。その緑は深く、道行く人たちの視界を遮っているように感じる。今のところ目印になりそうな派手なキノコもない。
これはいかにも道に迷いそうだ。
「ふぅむ、これは、ベルのようによそ見をしていたら迷ってしまうかも……」
将来的に、道を見失い、迷った先で歴史的大発見をしたりする、冒険姫ベルのことを知らないからこそ言えることである。
「ヤナとキリル、気を付けるんですわよ。遅れそうになったら、ちゃんと言ってくださいましね」
振り返り、子どもたちに注意を促すミーア。そんなミーアにティオーナが近づいてきた。
「ところで、ミーアさま、こちらにはどのような件でいらしたのでしょうか?」
「ああ、そうでしたわね。昨夜はティオーナさんの恋バナに夢中で、すっかり本題を話し損なっておりましたわ」
「こっ、こいっ!」
ティオーナがあわわ、っと頬を赤くするが、
「ふふふ、別に、そんな照れることはございませんわ。年頃の娘は誰も恋するもの、恋バナは乙女の嗜みですわ」
恋愛(小説読者)の第一人者たるミーアは指をふりふり、ものすごぅく偉そうに言った。
「わたくしはアベルのことが好きですし、ルヴィさんなんか、ご自分の恋をかけてわたくしと勝負したぐらいですし。エメラルダさんだって恋に関しては一家言ある方ですわ。だから、ティオーナさんも堂々としてるとよろしいですわ」
っと、軽く流しつつ、ミーアは続ける。
「それで、本題なのですけど、実は、ルールー族の方に、探すのを手伝っていただきたいものがございますの。いえ、それ以前に、本当にこの静海の森に、それがあるか、まず事前の調査が必要かと思うのですけど」
それから、ミーアは例のヴァイサリアン族の子守歌から話し始める。
せっかくヤナが同行してくれているので、歌ってもらって。歌詞に出てくる『霧の海』が静海の森を指しているのではないか、との推論を展開していく。
「どうかしら? 命の木の実の話……。リオラさんは、聞いたことないかしら?」
騎馬王国は、神聖典の記録と絡めて、自分たちの歴史を記憶していた。
もしも仮にルールー族が、神の菜園に住まう者たちであるなら、なにか、その手の伝承があるのではないか? と期待したのだが……。
リオラはいまいち、しっくりこない顔をしていた。
「ヴァイサリアン族……。その故郷がこの森だと、そういうこと、ですか?」
いつになく真剣な顔でうーん、っと唸ってから、リオラは慎重に言葉を選ぶようにして……。
「族長に聞けばなにかわかるかもしれない、です。でも、ルールー族は歴史を文字で残す習慣がなかった、です。だから……」
「あまり昔のことは、もしかしたら、失われてしまっているかもしれない、ということですわね」
これは、なかなかに難しそうだぞぅ、っと、早くもめげそうになるミーアである。
「以前の騎馬王国のように、わかりやすく分かれた一族の伝承があればよいのですけど……」
「森を離れて町に行く者は過去にもいたと聞いてる、です。でも、大規模なもの、一族単位というのは聞いたことがない、です。少なくとも、私は」
リオラが前方の戦士に目を向けた。その視線を感じたのか、彼らは振り返り、小さく首を振った。
どうやら、誰も聞いたことがないらしい。
「まぁ、ヴァイサリアンが海洋民族と呼ばれるようになる前の話ですし。大昔のことでしょうから、伝承が失われていても、仕方ないかもしれませんわね」
ミーアは小さくため息を吐いた。
「それに、命の木の実についても聞いたことがない、です」
続くリオラの言葉に、パティがちょっぴり肩を落とした。直後、前方の茂みが、がさがさっ! っと音を立てたので、びっくーん! と跳びあがっていたが……。
「でも……もしも、あるとしたら、ここ、という場所はある、です」
続くリオラの言葉に、ミーアは嬉しそうに、パンッと手を叩いた。
「おお! 心当たりがあると?」
これは朗報! っと顔を輝かせるミーアであったが……、リオラは相変わらず難しい顔をしていた。
「あら……? どうかなさいましたの?」
「はい。もし、そこにあるとしたら、探すのはなかなか苦労するかもしれない、です」