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第五十六話 ミーアお姉さま、まっとうな教育っぽいことをしてしまう!

「久しぶりに来ましたわね。静海の森」

 馬車に揺られることしばし、やって来たるは静海の森。

 ベルマン子爵領とルドルフォン辺土伯領の間に横たわる広大な森は、深い緑を湛えて、ミーアたちを出迎えた。

 見渡す限りに立ち並ぶ木々、ゆらゆらとその葉を揺らす冷たい風にのって、森に息づく命の匂いが流れてくるかのようだった。

「あちら側には学園と皇女の町がありましたから、少々、イメージが違いますわね」

「そうですね。将来的には、こちら側にも村を作ってはどうか、という話はあるのですが。現状では、何も手を付けられていません。我がルドルフォン家がこの地を治めるようになってから、ずっと変わることなくあの森は、あの姿を保っています」

 早い時期から、ルールー族と友誼を結んでいたゆえに、森林伐採などは、ほとんど行っていない。やるにしても、ルールー族から買う形で木材を得ていたのだという。

「なるほど……、つまりこれがもともとの、原始の静海の森の姿と言うことかしら……。ふぅむ、こうして見ると、確かに神秘的に見えますわね」

 神聖典の始まり、最初に人に任された仕事こそが、神の菜園の管理人であった。そして、その園の中心に生命の木が生えていたという。逆に言えば、生命の木の生えている場所は、神の菜園であるということになるわけで……。

 ――言われてみれば、確かにここは神の菜園と呼ぶのに相応しい場所かもしれませんわ。木も磨くと七色に光ったりしますし……。それに、考えてみれば、肥沃なる三日月地帯というのも、神の祝福を受けた土地と言えるかもしれませんわ。なんだか、信憑性が出てきた気がしますわ!

 それに、もし仮にそうでなかったとしても、この森は、恐らく帝国の歴史よりも古くからこの場所に存在しているのだ。

 そう考えると、はたして、この森の奥深くになにが隠されているのか……。大いに血が騒いでしまう…………らしいベルが、隣で弾んでいた!

「すごく、冒険の匂いがします……」

 感極まった様子で、ぶるるーふっと体を震わせる。

「ああ、我ながら迂闊でした。まさか、帝国内にこんな冒険スポットがあったなんて……」

 動きやすい長そでとズボンに身を包んだベルは、見るからにやる気満々だった。髪も後ろで結んで、頭を守るために帽子を被り、冒険する気満々だ!

「一番身近なところほど見落としやすい。基礎が大切だって、リンシャさんも言ってたのに、よく理解できていませんでした……。こういうことですよね?」

 話を振られ、リンシャが微妙に困った顔をする。

「え……? ええ、まぁ、そういうこと……かな? と思います」

 一応認めた後、

「ですから、きちんと基礎のお勉強をしないとダメですよ? 身近だから、よく知っているから、とわかったつもりになって油断するのが一番危険なんですから」

 っと、なんとか勉強の話で落ち着けようとするも、

「そうですよね。よーし、それじゃあ、帝国内のいろいろな場所を冒険することにしよう……うん」

 冒険語に変換して理解するベルである。日々これ冒険のベルなのであった。

 ちなみに……冒険姫ミーアベルは、帝国近郊の遺跡を数多く発見し、後の歴史研究に多大な影響を及ぼすことになったりならなかったりする。

 学者との対談の際「ボクの教育を担ってくださったリンシャさんから教えてもらったことを大切にした結果です! 遠くに冒険に行こうと思う前に、まず身近な場所を冒険しないとダメだって言われて……やっぱり基礎が大事ですね」と嬉しそうに語ったと言うが……まぁ、今はどうでもいいことなのである。

 さておき、馬車から降りたミーアは、パティとヤナ、キリル……それにベルに順番に目を向けた。

「これから森の中に入っていきますけど、一つだけ、みなに注意しておくことがございますわ」

 しかつめらしい顔で、ミーアは言った。

「この森の木々は、ルールー族の大切な宝ですわ。くれぐれも粗雑に扱ってはいけませんわよ?」

 指をふりふり、偉そうに注意する。

「いいですわね? 足元に根っこが出てて歩きづらかったり、油断して転んだりしても、怒って木を蹴ったりなんかしたらダメですわよ?」

 かつて、静海の森にやってきた時を思い出しつつ、ミーアは言った。すると、キリルが、むぅっと眉間に皺を寄せて抗議する。

「ミーア姫殿下、いくら僕たちが子どもでも、そんなふうに木に当たったりしません」

 至極真っ当な指摘に、ミーア、ぐむっと喉を鳴らす。

 かつての自身の行動が頭を過り……。

 ――いやでも、あれは、百人隊を撤退させるための大義名分作りのためでしたし? 別に、木に腹を立てたりなんか、全然してませんし……。

 少々、気まずくなってしまったミーアは、ここで余裕の笑みを浮かべる。

「ふふふ、まぁ、そうですわね。そんなことする子なんかいないと、わたくしも思ってましたわ。けれど、これは木に限った話ではありませんわよ?」

 気まずい空気を、良い感じの教育風の話にして誤魔化しにかかる!

「馬だってそうですわ。騎馬王国の民にとって馬は宝。粗雑に扱われたら腹が立つわけですし、臭いとか言ったら気分を害してしまいますわ。たぶん、ガヌドス港湾国の者たちにとっては魚なんかがそうじゃないかしら? オウラニアさんがわけのわからない魚拓など持ってきたとしても、それを鼻で笑うようなことはしてはいけませんわ」

 いくつかの例をあげつつ、ミーアは言った。

「自分にとっては価値のない何かが誰かの大切な物であることは、往々にしてあることですわ。それをきちんとわかっておくのは、とても大切ですわ。なにしろ、特別初等部にはいろいろな国の子どもたちが集まっているわけですしね」

「あっ……」

 その瞬間、キリルが顔を曇らせた。

「あら? どうかしましたの?」

「はい……。この前、新しく入ってきた女の子が……、避難訓練の時に、ぬいぐるみを持って逃げようとしてて……。危ないから、そんなの置いて行けって強く言っちゃって……」

「なるほど、それがその子にとって大切なものだった、と……?」

 問いかけると、キリルはコクン、と頷いた。

「どうやら、亡くなったお父さんからもらったものみたいで……あたしたちは、ああいうおもちゃとか、もらったことなくって、いつも食べ物とか、お互いのほうが大事だって思ってたから……」

 ヤナがキリルを弁護するように言った。

「ふぅむ、なるほど。それはなかなかに難しい問題ですわね。確かにキリルの言うことはもっともですけれど……その子にとって本当に大切な物であるなら、持って逃げたいという気持ちも無碍にはできませんわね」

 親の形見であれば、その子の言いたいことは十分に理解できるわけで……。

「なんて言葉をかけるのかは難しいですけど……、それでも、それが相手にとって大切なものかもしれないという視点を持つことで、かける言葉は変わってくるはずですわ。君が大切にしているその物よりも、君自身のほうが大切だ、とか……優しい言葉だってかけてあげられるようになりますわ」

 ただ置いていけ、と……。空気を読め、と。そんな玩具なんかで、みなを危険に晒すな、と。冷たく言うよりは、よほどいいはずだ。

 それからミーアは膝に手をつき、キリルに視線を合わせて、

「今度、その子に会ったら優しくしてあげると良いですわ。それから、もしも傷ついていたら、ちゃんと謝って、そのうえであなたの気持ちをしっかりと伝えてあげること。いいですわね?」

 その言葉に、キリルはコクンッと頷いた。


 とまぁ、そんなこんなでいい感じに、良い話風にまとめてから、

「さて、それじゃあ行きますわよ!」

 元気よく言うミーアに、おーっ! っとみなが声を上げるのだった。


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― 新着の感想 ―
ベルマン領とルドルフォン領の境界が大森林のように、大抵の国境は山脈河川砂漠などで区切られており、たとえ友好国であっても往来は困難を極めると思うんですけど、この世界の人は割りと気楽に国境を越えてますよね…
キリルくんに…フラグが立ちそう…?
>>なんて言葉をかけるのかは難しいですけど……、それでも、それが開いてにとって大切なものかもしれないという視点を持つことで、かける言葉は変わってくるはずですわ。 お気付きかもですが、 開いて→相手 …
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