第五十五話 ミーア・ルーナ・ティアムーンの麗しき朝
帝国の叡智、ミーア・ルーナ・ティアムーンの朝は、比較的早い。
寝るのがとても早いので、起きるのもそれなりには早い。健康優良児なのである。
まぶたの裏に朝日を感じたミーアは、ぼんやりと目を開ける。ぽやーっとしたまま、辺りを見回し、目元をコシコシこすってから、
「ふわぁむ……。よく寝ましたわ」
ぐぐい、っと伸びをしてから、いよーっこいしょーっ! っと掛け声をかけて起き上がる。
麗しの乙女の朝の風景であった。
「おはようございます、ミーアさま」
「ああ、おはよう、アンヌ。ふふふ、よく寝ましたわ」
爽やかに朝の挨拶をして、それからミーアは着替えをする……動きやすいブラウスとズボンに!
ここ最近、ミーアは、日課にしていることがあった。健康のために、朝起きたらじっくりと、タチアナ考案の体操をすることにしているのだ! なんと、朝から運動に励んでいたのだ!
素早く着替えを終えると、ミーアはベルのほうに歩み寄る。
「う、ううん……」
きっちり毛布にくるまって眠るベル。その肩をゆさ、ゆさ、っと揺する。っと……。
「うん? あ、ミーアお姉さま?」
「おはよう、ベル。今日もやりますわよ?」
ちなみに、体操にはベルも参加している。自分だけやるのがシャクだったミーアが巻き込んだのだ!
「冒険のためには体力が必要。体をしっかり動かさなければいけませんわ」
そう言ってやると、ベルも渋々ではあるが、参加するようになったのだ。
むにゅむにゅ、眠そうに目をこすっているベルを、アンヌが手早く着替えさせていく。
そうこうしている間に、パティ、ヤナ、キリルの三人もやって来た。
子どもたちのほうは、ミーアの真似をして体操をするようになっていた。こちらは、単純に楽しそうだから参加しているらしい。
「……なるほど」
パティなどは、なにやら納得顔でミーアの体操を眺めてから、うん、うん……っと頷いていた。
なにか、学ぶところがあったらしい。
なんとなく、幼き日に明け暮れたダンスレッスンの厳しさが、微妙に増したような気がしなくもないミーアであったが……まぁ、それはさておき……。
「今日は特に森の中を歩くわけですし、しっかりと準備運動をしておかないといけませんわね」
ぐっぐっと、重点的に足を伸ばしていると、リオラが迎えに来た。
「ミーア姫殿下、おはようございます、です」
「ああ、リオラさん、おはよう。良い朝ですわね。今日はよろしくお願いいたしますわね」
ルールー族とは基本的に友好的な関係を築いているので問題ないとは思うが、リオラがついてきてくれるのは非常に心強い。
本当ならワグルに声をかけるのが一番手っ取り早かったかもしれないが、一緒に聖ミーア学園の者たちがイロイロついて来そうだったので、今回は「パライナ祭の準備が忙しいだろうから」と理由をつけて外しておいたのだ。
「よろしくお願いします、です。精一杯、ご案内する、です!」
元気よく、ドンッと自らの胸を叩くリオラである。それから、ハッとなにかを思い出した顔をして、
「あっ、忘れるところだった、ですが、朝食のご準備ができました、です」
「ああ、呼びに来てくださいましたのね。ちなみに、今朝のお食事はなんですの?」
「はい! 鳥の丸焼き、です」
「お、おお……」
ミーア、若干、引いた顔をする。
「そっ、それは……。なかなか、朝から充実しておりますわね。でも、そうか……。ルドルフォン領の方たちは農作業もございますし、朝からたくさん食べるのですわね」
まぁ、運動してお腹もいい具合に減ってきたし、鳥の丸焼きぐらいなら食べられるかしら? などと臨戦態勢に入ったミーアに、リオラはくすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「冗談、です。朝から丸焼きは、さすがにルールー族でも食べません」
どうやら、小粋なルールージョークだったらしい。
「あら? そうなんですの? 森の中を歩くのであれば、その分、たっぷり食べても良いかと思いましたけど……」
ちょっぴり残念なミーアである。
「ちなみに、ルドルフォン領側からルールー族の村にはどのぐらいかかるのかしら?」
「そう、ですね。ちょうどお昼時には着けると思う、です」
「ふむ! そんなに歩くならば、たっぷり食べて、備えておかなければなりませんわね。ね、アンヌ?」
監督役のアンヌに声をかける。っと、アンヌは、むぅっと考え込んだ後……。
「確かに、運動をする前にはたっぷり食べておいたほうがよろしいかもしれませんね……。それに、タチアナさんによると、鳥の肉はお体にとっても良いのだそうです。ルールー族の村でも、そちらを出していただければ……」
それから、アンヌはリオラのほうを向いて、
「リオラさん、お願いできるでしょうか?」
「鳥の丸焼き、ですね。お安い御用、です。ルールー族のご馳走をたっぷり振る舞う予定でしたから、鳥の丸焼きもきっと出てくると思う、です」
そうして、今夜の宴会の打ち合わせを始めるメイド二人に、
――ううむ。しょっぱい物だけでなく、甘い物もたっぷり期待したいところですけど……ちょっぴり言い出しづらいですわね。
お腹をさすり、それから、二の腕を軽くFNYFNYさせて、誕生祭で備蓄した分を確認。
「森の果実をちょっぴりでしたら、食べても大丈夫……かしら……?」
切なげなため息を吐くのであった。