第五十一話 ミーア姫、あんぐり口を開ける
その日の夜は、ティオーナの部屋で寝ることになった。
ルドルフォン家での心づくしの晩餐会を堪能し、用意してもらったお湯で湯浴みをしてさっぱりしてから、ミーアはティオーナの部屋を訪れた。
ミーアたちのためにだろう。部屋には、ベッドの隣に布団が敷き詰められていた。
たぶん、あのベッドで寝ろってことだろうなぁ……と察したミーアであったが……万が一にも朝になって落ちていたら恥ずかしい。
ベッドはティオーナに譲ろうと、強固な意志を持って布団の一枚の上に陣取った。
どこで寝るか、しばしの攻防戦の末、見事、落ち付ける場所をゲットして、ほくほく満足顔のミーアである。
「あの、本当によろしいのでしょうか? 客室をちゃんと用意いたしますけど……」
「いえ、明日のことも含めて、積もる話もございますから、ゆっくりお話ししたいですわ。アンヌとリオラさんも一緒に」
と言うミーアの隣で、ちゃっかりミーハーベルも待機している。シオンとの恋バナを聞く気満々のミーハーベルなのである!
まぁ、未来のティオーナとシオンの関係を知るベルも、いてもらったほうがいいだろう、とミーアは黙認する。ちなみに、子どもたちは別部屋だ。
――わたくしたちがするような、大人の恋愛話は、まだパティたちには早いでしょうし……。
ミーアとティオーナ、リオラとアンヌ、それにベル……。この中に、パティたちにできないような大人の恋愛話とやらをできる者が果たしているのかどうか……。甚だ疑わしいところではあるのだが、それはさておき……。
「しかし、考えてみれば……、ティオーナさんとこうしてパジャマパーティーをするのも、あまりないことだったかもしれませんわね」
他のご令嬢たちと一緒にすることはあっても、このメンバーだけで話すのは、今までほとんどなかった。
――最初はお近づきになりたくないって思っておりましたのに……まさかこのように、夜を徹して親しく話すようになるとは……。まったく想像もしておりませんでしたわね。
寝間着に着替えたみなをなんとなく眺める。
ティオーナにリオラ、アンヌにベル……。こうして、気楽に集まって、夜通し楽しくおしゃべりをする機会も、もう、あと何度もないのかもしれない、なぁんて思うと、感慨も一入で……。
――さて、それでは張り切って聞き出しますわよ。ティオーナさんがなにを悩んでいるのか……。まぁ、十中八九恋煩いでしょうけれど……。しかし、いきなり本題に入るのもなんですわね。場を温めるために、ここは、アベルとの小粋な惚気話をわたくしが……。
っと頭の中で壮大な恋バナの構想を練っていると……。
「ティオーナさま!」
声を上げたのはリオラだった。ずずい、っと身を乗り出すようにしてティオーナの顔を覗き込み、パジャマパーティーというには、いささか真剣過ぎる顔で言った。
「せっかく、ミーアさまが来てくれた、です!」
ギンッと強い視線をミーアに向けてから、一転、少しだけ悔しそうな顔をして……。
「私では、ティオーナさまのお悩みをわかってあげられないから、話してもらえなかったですけど、ミーアさまなら、絶対、ティオーナさまを助けてくれる、です。だから……どうかお話しください、です」
リオラの、必死の訴えかけだった。それを見て、ティオーナは、小さく息を吐いた。
「リオラ……やっぱり、ミーアさまをお呼びしたのは、あなただったのね……」
それから、ティオーナは深々とミーアに頭を下げた。
「お忙しいところを、こうして、私のために来ていただきありがとうございます。ミーアさま。でも……、これは、私の問題なので……」
あくまでも頑なに話を終わらせようとするティオーナに、ミーアは、少しばかり真面目な顔を作って……。
「ティオーナさん、あなたもおわかりかと思いますけど……。ルドルフォン家も今や小さな辺境貴族というわけではございませんのよ? セロさんの発見した小麦は、まず間違いなく大陸を救ったものとして、世に広く知られることになる。ルドルフォン家には、否応もなく人々からの注目が集まることでしょう。そのルドルフォン家の令嬢が消沈している。個人の問題だ、と放っておけるはずがないではありませんの?」
そう指摘すると、ティオーナは小さく唇を噛んで、うつむいてしまう。そんな彼女に、ミーアは続けて……。
「とまぁ……そう言った世間の常識とか、面倒な事情は置いておくとして……」
ふっと笑みを浮かべて、ミーアは胸に手を当てる。
「わたくしは、あなたの友人として、あなたのことを心配しておりますわ。わたくしだけではありませんわ。アンヌも、ベル……もそうですわよね? うん。それに、もちろん、リオラさんもですわ。帝国貴族としてではなく、ルドルフォン家の長女でもなく、ティオーナさん……他ならぬあなたのことを心配し、あなたにお話を聞きたいと思っておりますの」
「ミーア、さま……」
「それとも……わたくしでは、あなたの力になれないかしら? わたくしで不足があるというのであれば、ラフィーナさまにでも、他の方にでもいくらでも力をお借りしますけど……」
ティオーナは、しばし黙っていたが……やがて、その口から出たのは、意外な言葉だった。すなわち……。
「実は……シオン王子に縁談の話が来たということなのです」
「はぇ……?」
思わぬ言葉に、口をあんぐーりと開けてしまうミーアであった。