第四十八話 ミーアとミーハー
ぱから、ぽこら……のんきな音を立てながら、皇女ミーアの乗る馬車列はルドルフォン辺土伯領へと向かっていた。
「ふぅむ、結局、ティオーナさんとお話しできませんでしたけど……大丈夫かしら?」
すでに、ルドルフォン辺土伯には手紙を送ってある。
リオラとティオーナに静海の森へと案内をお願いしてあるので、その時にこっそりと聞きだせればよいかと考えているのだが。
ちなみにベルマン子爵領の側から森に行くことも考えないではなかったが……そちらから行くと、どうしても流れで聖ミーア学園にも寄ることになるだろう。そうすると、若干、こう……精神を削られる気がしたので、今回は回避することにしたのだ。
「それにしても、いったいなんで、シオンと顔を合わせづらい、なんて言ってるのか……」
あの日はてっきり恋煩いだなんて推理してしまったし、今でも半分はそう思っているのだが……もう半分はなにか別の理由があるのではないか、と疑い出しているミーアである。
なにしろ、ティオーナ・ルドルフォンと言えば空気を読まぬ蛮勇の持ち主である。ミーアの中ではそうなっている。
そんな人物が、果たして恋煩いなどという繊細な病にかかるものだろうか?
「いずれにせよ、きちんと聞き取りをしませんと……」
「ティオーナ大おばさまが、シオン王子と……ごくり」
馬車の対面席、緊張の表情を浮かべているのは、生粋のシオンファンである、ミーハーベル・ルーナ・ティアムーン皇女殿下であった。グッと拳を握りしめ、緊張と興奮にぶるるーふ! っとその身を震わせる。
未知への冒険とイケメン天秤王は、彼女にとってのエネルギー源なのである。
「一体なにがあったのか、すごく気になりますね、ミーアおば、お姉さま!」
わくわく、そわそわ、うっきうきするベル、その隣には、生暖かい目を向けるリンシャの姿があった。ちなみに、シュトリナは、今回の旅には同行していなかった。
「そういえば、リーナさんはイエロームーン家の館に帰っているんでしたっけ……?」
イエロームーン家が主催したミーアの誕生パーティーの後、ローレンツのもとに顔を出しているのだという。
「はい。いろいろとやることがあるから、それが終わったら、すぐに合流するって言ってました」
「そう。ふむ、それは少し意外ですわね……」
てっきり、ベルが未来に帰るまでは、できるだけ一緒にいたがるのではないかと思っていたのだが……。
「まぁ、あまり帰らないとお父さまのイエロームーン公が騒ぐのかもしれませんわね。あの方も、なんだかんだで、お父さまに似た臭いのする方ですし……」
脳裏に、ローレンツの、ちょっぴり丸みを帯びた顔が思い浮かんだ。
「ああ、家族と言えば、リンシャさん、お兄さまはお元気ですの?」
ふと思いついて、リンシャのほうに目を向ける。っと、リンシャは実に嫌そうな顔で、
「はい。元気は元気なんですけど……。あまり元気過ぎると、ロクでもないことを考え出しそうで怖いんですよね」
過去のやらかしがやらかしだっただけに、ランベールに対するリンシャの信頼は、だいぶ低い。
「今は確か、どこかで教育に携わる仕事をしているとか?」
「ええ。ラフィーナさまのお口添えで、ミラナダ王国の学校で講師をしているみたいです。ミーアさまやラフィーナさまに受けたご恩を返すために、頑張っているようではあるのですけど……」
「ふむ、そうなんですのね……。しかし、年始ですけど、会いに行かなくても大丈夫なんですの? 他にご家族はいらっしゃらないのでしょう?」
「そういうタイプじゃないですから、問題ないですよ。それに……」
チラッとベルのほうに目を向けてから……。
「ベルさまのほうが、おそばについていないと心配なので……」
「え? 別にボクは大丈夫ですけど……」
「昨日、冬休みの課題をサボろうとしたのに?」
リンシャの銀貨何枚かの忠義に刺され、うぐっ! と唸り声を上げるベルである。
――ふむ、こんな感じで嗜めてもらえれば将来は安泰ですわね。しかし……こんなふうに言ってても、リンシャさんもベルのそばにいたいだけかもしれませんわね。いずれ再会できると知ってはいても、それは遠い未来のことですし……。
なんだかんだで、ベル想いのリンシャなのである。
「しかし、教育関係……とすると、どなたか良い教育者を紹介していただけるかもしれませんわね」
エメラルダやラフィーナには、もちろん紹介してもらうつもりではあるが、伝手はできるだけ頼っておくにこしたことはないだろう。教師候補も、大勢の中から選んだほうがより良い人材が見つかるに違いない。それに、彼はなんと言ってもレムノ王国の出身。その方面での人脈も期待できるかもしれない。
「リンシャさん、念のために今度、ランベールさんにお手紙を書いておいていただけないかしら? どなたか、ちょうど良い教師がいないかどうか……」
「? ええ、わかりました」
そんなことを話していると、いよいよ、ルドルフォン辺土伯領が近づいてきた。
「さて、静海の森、はたして何が待っているのやら……」
そこに、パティの探し物はあるのかどうか……。そして……。
――それが見つかれば、いよいよ、パティは過去に戻ってしまうのかしら……?
不意に思ってしまう。幼き祖母との別れが目前に迫って来たように感じられた。
否、わかってはいたのだ。
ベルとは再会できる。けれど、パティとは、もう……。
――でも、パティは過去に介入し、恐らくはバルバラさんの過去を変えた。あるいは、ガヌドス港湾国について、なにか影響を与えたのかもしれない。わたくしが、より解決しやすいように、と。ならば……、もしかしたら、パティの過去も変えられる可能性があるのではないかしら?
しかし、そう考えると不思議なことがあった。
いくら蛇の重鎮、シドーニウス・フーバーを仕留めるためとはいえ、あの賢いパティがそう簡単に命を落とすだろうか……?
――考えることが山積みですけど、とりあえずは目の前のことに集中するべきかしら。まだ、水土の実が見つかるとも限らないのですから。




