第四十七話 ミーア姫、若干、鼻息が荒くなる
「それで、助けてほしいとのことでしたけど……いったい何がございましたの?」
椅子にでーんと腰を下ろし、紅茶を一口。ほふー、っと穏やかな吐息をこぼす。
「ちなみにティオーナさんは、帝都にはいらしているのかしら?」
「はい、今は宿屋にいらっしゃるのですが……」
っと、なんとも言いづらそうな雰囲気を醸し出してから、リオラは苦しそうな顔で続ける。
「……その、シオン王子と会いたくないって言ってる、です……」
その言葉に、思わず目を丸くするミーアである。
「まぁ、シオンと? ははぁん……なるほどなるほど。さては、喧嘩でもしたのですわね」
前時間軸での二人は、いつでも仲良しで、相性抜群に思えたものであるが、それはそれ。男女の関係は複雑怪奇だ。たまには喧嘩もするだろうし、その時期が、ミーア誕生祭と被ることだって、あるかもしれない。
恋愛(小説)の熟練者たるミーアは、経験豊富な先達みたいな顔をして腕組みする。
「なるほど、そういうことであれば、仲裁をして差し上げることもやぶさかではございませんけど……」
「いえ、喧嘩というわけではなさそうです。よくわかりませんけど、ティオーナさま、シオン王子と、ともかく顔合わせづらいって言ってましたです」
「顔を合わせづらい……? ふむ、とすると、喧嘩と言うよりは、シオンがなにかティオーナさんに失礼なことをしたということかしら? ふむっ!」
ミーアの脳裏に、前時間軸のシオンの、失敬な態度が甦ってくる。
そういえば、あいつ、結構失礼なやつだったぞう! っとメラメラァ! っと怒りの炎が燃え上がる。
「なるほど、あいつめ、きっと無神経にも、ティオーナさんに酷いことを言ったに違いありませんわ! 許せませんわね! 今から言って、わたくしがとっちめてやりますわ!」
鼻息荒く立ち上がり、シュッシュッとキック練習を始めるミーアに、リオラが慌てた様子で手を振った。
「そんなこと、シオン王子はしないと思う、です」
ぐむっと、思わず言葉に詰まるミーア。
「ティオーナさまにも、いつも優しく接してくれてるです。なにか失礼なことを言われたということはないと思うです」
「まぁ、言われてみれば……」
そうなのだ、シオン・ソール・サンクランドは基本的には紳士なので『普通』のご令嬢には、そんな失礼な態度を取らないのだ。普通のご令嬢には……。つまり、酷いことを言われたということは、それなりにやらかしちゃっていたというだけの話なのだ。
ミーア、一瞬、血が上りかけた頭を鎮めるために、ケーキを一口。口に広がる涼やかな甘味に、ほわぁっとため息を吐いてから……。
「そうですわね。考えてみればその通りですわ。シオンは、まぁ、時々憎たらしいことを言いますけど、基本的にはいいやつですわ、基本的には……」
「はい。それにティオーナさま、言ってた、です。これは自分の問題なんだって……」
「ほう、それはヒントになりそうですわね。ティオーナさんご自身がそう言っていたのであれば、本当にシオンが原因ではないのかもしれませんわね。しかし、それならば、なぜシオンと顔を合わせづらいのか……ははぁん!」
ミーア・メイタンテイ・ティアムーンのピンク色の脳細胞が、ぎゅぎゅんっと唸りを上げた!
「なるほどなるほど、つまり、これは恋煩いと言うものなのではないかしら……?」
ぽこん、っと手を打ち、ミーアが言った。一方で、リオラのほうはいまいちしっくり来ていないのか、首を傾げている。
「こい……わずらい?」
そんなリオラに、ミーアは頷き、そっと胸に手を当てる。
「そうですわ。乙女というものは、自分が想いを寄せる殿方のことを思うと、こう、苦しくなってしまうのですわ。わたくしも、アベルのことを考えると……うう、なんだか苦しくなってきましたわ」
そうして、ミーアは胸にあてた手を、ちょっぴり下げてお腹をさする。
……恋煩い……ではなく、完全なる食べ過ぎである。
まぁ、それはともかく……。
「ティオーナさんもお年頃ですし、いよいよシオン王子への想いが高まってきてしまって、だから、直接、顔を合わせづらいと、そういうことではないかしら?」
「そう、いうもの……ですか? でも、その割には、聖ミーア学園にいた時には、シオン王子と一緒に、準備を手伝ってたです……」
「でしたら、その準備の途中できっと何かございましたのね、こう、ラブを高めるイベントごとが! お祭りの準備など、まさにお約束のエピソード。こう、あったのではないかしら? 手と手が触れ合うような、目が合って赤くなるような、そんな瞬間が!」
ミーアの脳裏に浮かぶのは、お抱え作家エリス作のめくるめく恋愛ストーリーだ。
「そういうことでしたら、善は急げですわ。わたくしが、ばっちり背中を押して差し上げますわ。恋煩いも切なくって良いものですけど、ぐずぐずしてたらシオンを誰かほかの女に盗られてしまうかもしれませんし!」
鼻息荒く、拳をギュッと握りしめるミーアであった……が。
残念ながら、ミーアがティオーナとゆっくり話をする機会がなかったのだ。
翌日も、その翌日も各国のお歴々の相手に忙殺されたミーアは(危うく、ミーアの黄金船なる、すごく沈みそうな船を作られるところだった……。黄金の灯台とセットでどうですか? とか言われた……ものすげぇアブなかった……)、さらに、四大公爵家のパーティーにも呼ばれ……。そちらには、ティオーナは招待されていなかったので、結局、年が明けるまで時間を取ることができなかったのだ。
そうして、年も改まり。ようやく自由の身となったミーアは、改めてルドルフォン辺土伯領へと向かったのだ。