第四十六話 ミーア姫、のっそりと会場を見て回る
さて、ナホルシアとの対談をほどほどにして切り上げ、ミーアはパーティー会場へと戻った。
他のお客さんの相手をしつつ、見逃している美味しいお料理がないか、のっそりと見て回ることしばし……。
「ふぅ……もうお腹いっぱいですわ。さすがにもう食べられませんわ」
食べては消費し、また食べてという無限にも思えるサイクルを形成していたミーアであるが、さすがにしばらくするとお腹いっぱいになってしまった。
「舌は無限にお料理を求めるのに、お腹が許さないとは……。なんて理不尽な話なんですの。いっそ胃袋が四つぐらいあればよろしいですのに……」
牛に、熱い羨望のまなざしを向けるミーアであった。
そんなこんなで会場を歩いていると、不意にとある人物が視界に入ってきた。一人、パーティー会場の隅に立ちつくした少女、それは……。
「リオラさん、ご機嫌よう」
「あっ、ミーア姫殿下……」
ビクッと跳びあがったリオラが、慌てた様子で頭を下げる。
「えと、ご機嫌麗しゅう、です。ミーア姫殿下。お誕生日、おめでとうございます、です」
「ふふふ、ありがとう。リオラさん。来ていただけて嬉しいですわ」
にこやかな笑みを浮かべつつも、ミーアは辺りをキョロキョロ。
「ところで、ティオーナさんは、いらっしゃっていないのかしら?」
ちなみに、ティオーナには招待状を送っていない……などと言うことは当然ない。前時間軸ならばいざ知らず、もろもろのわだかまりから解放されたミーアにとっては、ティオーナも大切な友人の一人になっているのだ。
――ふふふ、なんだか、少し不思議な感じですわね。あれだけ憎たらしいやつと思っておりましたのに……。
「はい、あの……ティオーナさまは、少し事情があって……それで」
っと、なにやら、言いづらそうにしていたリオラだったが……、ミーアの顔をチラチラ、っと見てから、意を決した様子で……。
「あ、あの、ミーア姫殿下、大変、お忙しいこととは思いますけど、でも話をお聞きいただきたい、です」
「ふむ……」
ミーアはリオラの様子が普段と違うのを敏感に見て取った。
――本来であれば、ここは外交のための大切な場。あまり長い時間お相手すべきではないのかもしれませんけど……静海の森の調査でルールー族に協力を得なければなりませんし……。
ルールー族のテリトリーである静海の森の中ではリオラが頼りだ。
万が一、水土の実探しが上手くいかずに、うっかりその辺の木を蹴っ飛ばしてしまった時に弁護してくれる人は貴重だった。
――わたくしはそんな愚かなことはしませんけど……パティは普段は落ち着いていても子どもですし。うっかりそんなことをしてしまうこともあるかもしれませんわ。それに、なにより、リオラさんはわたくしの命の恩人でもある。恩を返すためにも、ここはきちんと聞いてあげませんと……。
そろそろ、笑顔を作って、各国の重鎮たちのお相手をするのに飽きてもきていたミーアである。それに、すでに会場内を回って、美味しそうな料理はあらかた食したことだし、少しぐらい会場から離れても問題ないだろう。
果断の人ミーアの判断は早かった。
「なにか、大切なお話がございますのね。でしたら、少し休憩を取りますから、控室のほうでお待ちいただけるかしら……? アンヌ」
ミーアに呼ばれ、すぐさまアンヌが近づいてくる。
「リオラさんを控室のほうへ。わたくしもすぐに参りますわ」
「かしこまりました。それじゃあ、リオラさん、行きましょう」
アンヌに連れられて行くリオラを見送り、ミーアは父のもとへ。
「お父さま、申し訳ありませんけど、わたくし、少し疲れてしまいましたわ。休憩してきますから、お客様のお相手をお願いできますかしら?」
「おお、そういうことなら、私も……と言いたいところなのだがな。わかった、この場は任せて行ってくると良い」
ってなわけで、面倒ごとを父に押し付け、ミーアは控室へと向かった。
その手にケーキを乗せた小皿と、ティーカップを携えて……。
控室では、待ちかねた様子で、リオラが飛んできた。
「ミーア姫殿下、あの、お忙しいところを、ご無礼をしてしまい、本当に……」
言いかけた言葉を、片手を挙げて制する。
「問題ありませんわ。気にしなくても大丈夫ですわよ、リオラさん」
っと言いつつも、リオラの顔を見て首を傾げる。
――リオラさんがこれだけ取り乱しているとは珍しいこともあるものですわ。これは、しっかり事情を聞いておかなければ、後々で面倒なことになりそうですわ。
うむうむ、と頷きつつ、持参したケーキを一口。なんか、さっきお腹いっぱいでこれ以上食べられないかと思ったけど、どうやら、気のせいだったらしい。この数日後、なんとなく体が重たく感じることになるのも、多分気のせいだろう。
一口、二口、パクついて、それからミーアは改めて言う。
「それで、どうしましたの? ティオーナさんになにかありましたの?」
冬の寒い時期である。風邪などひいても不思議はないだろう、と思って聞いてみると、リオラは重々しい口調で言った。
「いいえ、体のほうは何も問題ないと思うです。でも……」
リオラは一度、そこで言葉を切ってから、改めてミーアのほうを上目遣いで見つめ、
「ミーア姫殿下、お願いあります。ティオーナさまのこと、助けてください」
「ふむ……ぜひとも事情を聞かせていただいて、できる限りのことはしたいですけど……そうですわね。代わりと言ってはなんなのですけど、あなたにお願いがございますの」
「へ……?私、ですか?」
キョトリン、と小首を傾げるリオラに、ミーアはニッコリ笑みを浮かべて、
「ええ、リオラさんに。そして、ルールー族のみなさまに。ぜひとも協力していただきたいことがございますの。みなさんの故郷、静海の森の探索ツアーに、ぜひとも連れて行っていただきたいんですの」
不思議そうな顔をするリオラに、ミーアは小さくウインクして、
「それでは、お聞かせいただきましょうか。我が友、ティオーナ・ルドルフォンのことを」