番外編 星持ち公爵令家婿(予定)の会
帝国最強の騎士、ディオン・アライアはデキる男として知られている。
剣の腕前はもちろん、頭も割とキレる。
戦闘で鍛えられた直感に加え、物事を論理的に、比較的広い視野で考えることもできる、極めて優秀な男であった。
そんなディオンであるのだが……現在、ちょっとした問題に悩まされていた。
それは彼にしては、非常に珍しい事態である。
では、何に悩んでいるかと言うと……。
「命を助けられた借りは、命懸けで守ることによって返した……つもりになってたんだけどねぇ……」
それは、神聖図書館での事件が起きて数日後のことだった。
イエロームーン公爵令嬢、シュトリナが様子を見に来たのだ。
「あの毒は、あまり後に残ったりはしないと思うけど……」
と若干心配そうなシュトリナに苦笑いを浮かべ、それからディオンは軽口を叩いた。
「しかし、我ながらよくあの状況で生き残ったものだと思うよ。あの馬には感謝しないとね」
やれやれ、っと肩をすくめたまでは良かったが……その後がよくなかった。
「まぁ、でも、これでなんとか責任は果たせたかな?」
冗談めかしてそう言ってやると、シュトリナが目をまん丸くした。
「え……?」
「おや、忘れたのかい? 言っただろう? 責任を取れ、と。毒の影響も残っていないようだし……姫君を、怪我なく敵の魔の手から守ったということで、最低限の責任は果たせたかなと思った……んだけど……」
言葉の途中、チラリとシュトリナの顔を見たディオンは……本能的に察した!
おっと、これは、言葉を間違えたぞ……っと。
なぜだろう、言葉の途中からシュトリナは、ものすっごーくショックを受けた顔をしていた。そうして、すごくすっごーく! 悲しげに去っていってしまった。しょんぼり肩を落として去っていったのだ。
呼び止めようと思うものの、さりとて、なぜそんな顔をされたのかがわからず。去り行くシュトリナの小さな背中を見送りながら、ディオンは苦り切った顔で頬をかくことしかできなかった。
まぁ、ともあれ……。
――イエロームーン公爵家とはもともと敵同士で、警戒すべき相手だったわけだし。まぁ、今さら嫌われたところで別に構わんがね……。
なぁんて思っていたのだが……さらにその数日後のことだった。
「もう! ディオン将軍、しっかりしてください!」
シュトリナの大親友、ベルがプリプリしながら抗議に来たのだ。腰に手を当て、指をふりふり、しかつめらしい顔でベルが言う。
「いや、僕は別に将軍じゃないんだけど……」
「いいんです。ディオン将軍はいずれ、帝国の大将軍になるのですから、将軍呼びでなにも問題ありません」
なぁんて胸を張って言うベルである。
ミーアによると、この少女は将来、帝位を継ぐ帝国の姫らしいのだが……。
――本当かね……? というか、それはそれで、帝国の将来が思いやられるような……。
いささか失礼かつ、非常に的を射たことを考えてしまうディオンだったが、そんなこととは露知らず、ベルが目を三角にして言う!
「リーナちゃんはああやって、冷静で、余裕たっぷりに見えて、しっかり乙女なんですから! 心はとても可愛らしくて、繊細なんです! 無神経なこと言って傷つけたりしたら、ボクが承知しませんよ! そもそもリーナちゃんが言った責任を取るとは……」
「ベルちゃん!」
っと、そこへシュトリナが猛烈な勢いで走ってきて、後ろからベルの口をむんずっと塞いだ。
むがーもがー、っと何事か叫んでいるベルを連れてさっさとその場を後にするシュトリナ。そんなお友だち同士の愉快なやりとりを見つつ、ディオンは肩をすくめた。
「やれやれ、実になんともかしましいな。しかし……どうも、あのお嬢さま方は苦手だ」
シュトリナ程度であれば、軽くあしらうこともできるが、あのベルという少女は、なんとも相手にしづらかった。
無条件に近い信頼を寄せてくる彼女のことを、どうにも扱いに困ってしまうのだ。
「いっそ敵意を向けられたほうがよほど扱いやすいんだけど……」
そんなやり取りがあり、さてどうしたものか、と考えつつも、彼は帝都ルナティアに帰還したのだった。
ルードヴィッヒのもとに顔を出した後、彼はそのまま皇女専属近衛隊の詰め所に向かった。
「やあ、バノス。すっかり、皇女専属近衛隊の隊長が板についてきたみたいじゃないか」
書類仕事に追われるかつての部下、バノスにからかい半分の声をかけると、
「やれやれ、こういうのは柄じゃねぇんですがね」
苦笑いを浮かべつつ、バノスが肩をすくめた。
そのままの流れで、酒場で旧交を温めることになった。馴染みの店になだれ込み、酒杯を酌み交わすことしばし。
話題は、星持ち公爵令嬢のお嬢さま方のことに移っていった。
「しかし、皇女専属近衛隊の副隊長は、レッドムーン家のご令嬢だったか。付き合い方でなかなか苦労してるんじゃないかい?」
「いやぁ、それが、予想していたよりずっと根性がありましてね。驚かされてますよ。大貴族のご令嬢というと、もっとわがままで、簡単に投げ出すんじゃないかと思ってましたから、意外でした」
「確かにね。そういえば、先日イエロームーン家のご令嬢も……」
そうしてディオンは、神聖図書館での事件を酒飲み話として披露する。
朗らかな顔で話しを聞いていたバノスであったが、事件後の邂逅の話に及び、なぜか、その顔が厳しくなった。
「ディオン隊長……、ちょいと、いいですかい?」
「うん? どうかしたかい?」
おつまみの肉に手を伸ばしつつ、ディオンが首を傾げる。っと、いつになく真剣な顔で、バノスが言った。
「いやぁ、今回のは、いっくら隊長でも、ちょっと聞き捨てならねぇ。それじゃあ、イエロームーン公爵令嬢が気の毒ですぜ?」
そんなことを言うかつての部下に、ディオンは目を丸くする。
そうして、バノスは、腕組みして、滔々と語り出した。
そもそも、年頃のご令嬢の口づけに対する責任とは……。などと……。
髭面の熊のような大男から、コンコンと女性の扱い方をお説教されて、ディオンは、思わず苦笑いを浮かべる。
――やれやれ、こいつは妙なことになったな……。
酒杯を傾けつつ、小さく息を吐き……。
――まぁ、こういう酒も、たまには悪くない……かな?
ちなみに、このバノスとディオンの酒飲み会は、後に公爵令嬢婿の交流会として、時に女帝の婿アベルやグリーンムーン家の婿エシャールなどを交えて、末永く続くことになるのであった。
来週は夏休みです。ミーアは海で背浮きしてくる予定です。
再来週にまたお会いできるのを楽しみにしています。