第四十四話 パーティーでの邂逅
その日の夜のことだった。
白月宮殿では盛大なパーティーが催された。
テーブルの上に並ぶ、色とりどりの料理の数々。未だ、食材は限られているとはいえ、料理長が存分に腕を振るったお料理に、ミーアは舌鼓をゆーっくりと打……っている暇はなかった。
なにしろ、本日の主役はミーアである。
やって来たお客さんの相手に忙しくて、料理を食べている時間などなかったのだ。
ほとんど……少ししか……通常の晩餐会と比較するとそう言えなくもないぐらいには……。ともかく、なかったのだ!
自らをお祝いに来てくれる客の合間に、シュシュっと素早く食べ、澄まし顔で次のお客さんと談笑する。
片手にグラスを持ちつつ、傍らに控えるアンヌにフォークとスプーンを持っていてもらって。隙を見ては、素早く美味しいところをかっさらう。その達人のごとき動きは、かのレムノの剣聖ギミマフィアスにも匹敵するほど洗練されたものであった!
「ミーア姫殿下、よろしければ、明日は、パーティーの前に料理を取り分けてお持ちいたしますが……。そうすれば、そのように忙しくなさる必要もないかと……」
追加の料理を運んできた料理長、ムスタ・ワッグマンが気遣わしげな顔をするが……。
「ふふふ、お気遣いには感謝いたしますわ。けれど……料理人のみなさんが、わたくしのお誕生日を祝うために作ってくれたものですもの。取り分けたものだけではもったいないですわ。きちんとすべていただかなければ……」
臣下からの忠義は残さず平らげるという気概に満ち満ちた言葉は、上に立つ者に相応しき態度と言えるだろう――そうだろうか?
「さて、ラフィーナさまのご到着は少し遅れていると聞いておりますけど……おや? あれは……」
ミーアは、テーブルの上に置かれていた薄切りハムでチーズを挟んだものに、ソースをたっぷりからめてパクリ、もぐもぐ、ごくん、と流れるようにやってから、発見した知人のもとへと向かった。
「ご機嫌よう、シオン」
シオン・ソール・サンクランドは、ミーアのほうを見て、爽やかな笑みを浮かべた。
「やぁ、ミーア。お誕生日おめでとう」
「うふふ、わざわざ来ていただけて嬉しいですわ。ようこそ帝都ルナティアへ。歓迎いたしますわ」
「ありがとう。しかし、今年も、帝都は相変わらずの活気だね。いつも驚かされるが……ああ、でも、今年の雪像はすごいな。あれは、君のアイデアなのかい?」
早速、振られたアレな会話に、少々笑みを引きつらせつつ。
「ええ、うちのお抱え芸術家がやらか……やってくれまして……。それはさておき、わざわざ、サンクランドから、年末の忙しい時期に来ていただいて感謝いたしますわ」
ミーアは華やかな笑みを浮かべて言った。
「いや、なに。父上が行けとうるさくてね。それに、キースウッドのやつも、やたらと君の様子を見に行けとうるさいんだ。ふふ、君が、手ずからパーティー料理を作るかも、とか、言っていたな。忙しすぎて、君が倒れてしまわないか、とても心配していてね」
「まぁ……なるほど。それは盲点でしたわね……ふむ」
シオンのうっかりした一言で、ミーアの中に、極めてアブナイ発想が生まれかけた、まさにその瞬間だった。
「シオン坊や、そろそろ、私のことをご紹介いただきたく思うのだけど、いいかしら?」
っと、シオンのすぐ後ろに控えていた女性が言った。
――し、シオン坊や……? サンクランドの王子を掴まえて、ずいぶんと豪胆な方ですわね。
ミーアは思わずといった様子で、女性に目を向ける。
年の頃は、三、四十代と言ったところだろうか……? シオンと同じ白銀の髪と、澄んだ青い瞳を持つ女性。どことなく、シオンやエイブラム王と似た面影をしているが……。
「あ、ああ、失礼しました。ミーア、今日は紹介したい人がいてね。こちらは、サンクランド南東部に領地を構える女大公、ナホルシアさまだ」
「ナホルシア・ソール・オリエンスと申します。帝国の叡智、ミーア姫殿下。お噂はかねがね……」
そう言って、ナホルシアはスカートの裾を優雅に持ち上げる。
その堂々たる風格に、ミーアは思わず気圧される。
「これは、ご丁寧に。ティアムーン帝国皇女、ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ。本日は、はるばるサンクランドから、わたくしの誕生祭にお越しいただき、心から感謝いたしますわ」
言いつつ、ミーアは、ナホルシアの名前を記憶から引きずり出す。確か、サンクランドの重鎮の中に、その名前があったような……。
「わたくしの記憶違いがあれば申しわけないのですけど、オリエンス女大公と言えば、エイブラム陛下の血縁の方ではなかったでしょうか?」
「ふふふ、ええ。私は国王陛下とは従姉妹の関係です。私の父が陛下のお父君の弟にあたります。実は、エイブラム……陛下から以前より、ミーア姫殿下との会談を勧められておりましたの。この度、こうしてお会いすることができて、心より嬉しく思っておりますわ」
「まぁ、エイブラム陛下が……」
「ええ、もちろん、私自身も一度、姫殿下とはお会いしたいと願っておりましたけれど。帝国の改革、国々をまとめ上げる手腕、セントノエルでのお発言まで、とても興味深く聞かせていただいておりました」
チラリ、と向けられる眼光。その鋭さに、ミーアは顔が引きつりそうになるのを堪える。
「それは……、どのように伝え聞いておられるのか……お聞きするのが恐ろしいですわね。噂とは尾ひれがつくものですし……」
久しぶりの大物の出現に、ミーアはきちんと姿勢を正す。幸い、頭を回すのに十分な量のお食事はとっている。
――とりあえず、無難に乗り切ることを目標にして……。ふむ……会話の間を作るために、なんぞ、ケーキなど手元にあると心強いのですけど……。
なぁんて、アレなことを考えつつ、ミーアはナホルシアと向き合った。