第四十三話 女帝陛下、万歳!
皇女ミーアの誕生祭。
それは一年の終わりも近づいた冬の時期に開催される、帝国最大の祭りである。
皇帝マティアスの大号令によって、ミーアが生まれた年から毎年続いているこの誕生祭であるが、ここ数年は、特にその熱量を上げていた。
転機はもちろん、かの有名な『皇女ミーアの放蕩祭り』であった。
ミーアの指示のもと行われた放蕩三昧! この誕生祭の期間中は、誰であれ飢えていることは許さない、とばかりに人々に食料を振る舞った……その非常に気前の良い姿は、人々の心に今でも深く刻まれている。
あの祭り以降、民は、積極的に誕生祭に参加するようになっていた。
己が皇女殿下の誕生日を祝い、ついでにみんなで楽しんじまおうぜ! という……静寂の冬には似つかわしくない、陽気なお祭りの空気感が会場を支配するようになっていったのだ。
商人たちは、こぞってド派手な露店を出すようになった。かなり気合の入った店も多かったが、されど、そこは本質的には商売の場ではなかった。
そこは、儲け度外視の値段で……あるいは、食べる物がない者には無償で、食べ物を提供する場所だった。
ミーア姫殿下の誕生祭に、金儲けなどと……そんな無粋なことはできない。この日ばかりは、自身の気前の良さと器の大きさを見せなければならない。
そんな空気に乗せられて、貴族も商人も金持ちたちも、こぞって自身の持ち物を提供した。
そして……それは、とても気持ちの良いことでもあった。
この祭りの日は理由を付けることなく……余計なことを考えることなく、見ず知らずの他人に優しくしても良い日であった。
優しくすれば、つけあがるだとか……後でたかられるだとか……サボり癖を付けるとろくなことにはならない、だとか……。貧民街の住人だとか、少数部族の出身だとか、異国の旅人だとか……。無駄遣いだとか、金をどぶに捨てるようなものだとか……。
数多、頭を過る言葉を、すべて無視して善人でいられた。
この祭りの期間に限っては、気兼ねなく、誰の目を気にすることなく、気持ちよくお金を使い、みなに優しくすることができる。皇女ミーアの気前の良さに与るその行動は、とても心地よいものであった。
さすがに人生の意味を、この祭りの日に見出す者はいなくても、一年の労働の意味をこの日に見出す者は、それなりにいたりして……。
「オレぁ、この祭りで散財するために、一年間、金を貯めて頑張ったんだぜ!」
なぁんてことを言う者がチラホラいたりもして……。挙句の果てには……。
「帝都ルナティアっ子は、ちまちま金を貯めるだなんて、みみっちいことはしねぇ! 全部、皇女誕生祭で使い切ってやるんだぜ!」
なぁんて、刹那的なことを言い出す者まで出始める始末。
さすがに、それは……どう? っと、祝われるミーア自身は思わないでもないのだが……逆に考えれば、それは、明日を心配せずに人々が生きられている証拠と、まぁ、言えないこともないわけで……。
ミーア的にはたいそう、複雑なことになっているのであった。
「まぁ、いろいろ思うところはございますけど、大飢饉も佳境に入る年に、賑やかな年末年始を迎えられてなによりですわ」
白月宮殿のバルコニーから、ぽげーっと町の様子を眺めていたミーアは、小さく微笑みを浮かべる。
っと! そんなミーアの姿を見つけたのか、民の一人が声を上げる。
「あっ! ミーア姫殿下だ!」
それに続いて、
「お誕生日おめでとうございます、姫殿下―!」
可愛らしい声が響いた。子どもの声だ。もしかすると、新月地区の子どもだろうか……。
ミーアはキョロキョロしつつも、軽く手を挙げてみせる。
っと、民衆が、白月宮殿の前にそびえ立つミーア雪像の周辺に集まって来た。そして、どこからともなく、
「ミーア姫殿下、ばんざーい!」
という声が上がる。
まぁ、そこまでは良い。ミーアもほっこり微笑ましい気持ちになったのだが……。
「未来の女帝ミーア陛下ばんざーい!」
どこかのお調子者の声をきっかけに、人々が口々に「ミーア陛下万歳!」と言い出した!
――いやいや……陛下とか……。女帝など気が早過ぎる話ですわ……。
基本的に、自身が女帝にならないと大変なことになってしまうので、帝位を継ぐこと自体には異存のないミーアであったが、さすがに皇帝存命中に女帝云々を叫ぶのは、あまり良いことではない。
――お父さまが、権威の欠片もない格好で作業をしていた悪影響かしら……。皇帝の権威が大いに失墜しておりますわ。これでは、国内が混乱してしまいますし。ここは苦言を呈しておくべきですわね……。
なぁんて、キリリッとした顔で人々に向かって言葉を発そうとした瞬間!
「聞けぃ! 我が臣民たちよ。お前たちの想い、しっかと受け止めた!」
皇帝マティアス・ルーナ・ティアムーンがミーアの背後に出現した!
突然の大音声に、驚いて、ぴょんこっと飛び上がるミーア。そんなミーアを尻目にマティアスは、どこか感極まった顔で大きく頷く。
それを見たミーア、本能的に危険を察知!
「みなの望みを叶えて、ここに、我が娘ミーアに帝位を……」
「ちょぉっと、陛下、よろしいかしらー?」
ミーア、慌てて皇帝の口を塞ぎ、白月宮殿内にずずいっと引きずり込んでから……。
「……お父さま、今、なにか、トンデモネェことを言おうとしていらっしゃったように見えましたけど?」
「うむ? トンデモネェこと……? はて、なんのことだろう?」
きょとりん、っと可愛く首を傾げるマティアス。その仕草は、まるで、意味の分からないことをした飼い主に犬が見せる仕草のようで……。
――くぅっ! パティにもっと子どもへの教育をしっかりするように言っておきませんと!
などと心に決めつつも、ミーアはしかつめらしい顔で言う。
「いえ、ですから……。まさかと思いますけど、帝位を投げだそうとしていたんじゃ……?」
「ミーア、帝位は気軽に投げ出して良いものではないぞ、断じて。帝位は、帝位を戴くに足る者に、良い時機を見計らって引き継いでいくものだ」
極めて真っ当な発言に、ぐむっと息を呑むミーア。
そう、それは紛れもない正論で……。
「すなわち今だ!」
「断じて違う! ……ますわ!!!」
すかさず指摘! ミーアのツッコミが冴え渡る!
「くれぐれも、くっれぐれもっ! 余計なこと、軽はずみなことを口にしてはなりませんわよ、お父さま」
「いや、だが……」
「い・い・で・す・わ・ね?」
ミーアに言われ、しょんぼーりと肩を落とすマティアスであった。
本日、コミカライズ従者たちのお茶会のほうも更新されてるみたいですね。
夏なので、躍動感のあるギロちんを見て涼んでいただければ幸いです。
ご興味のある方はどうぞ。