第四十二話 シュトリナのお願い
それから、ミーアは簡単にドルファニアでの出来事について二人に話した。
「まぁっ! そんな危ない目に遭われていただなんてっ!」
「ミーアさま、僭越ながら……。そのような危険なことはくれぐれもお控えいただきますよう、臣下一同を代表してお願い申し上げます」
ジーナ・イーダに斧を持って追いかけられたくだりで、二人からの苦言が一斉に飛んできた。エメラルダはまだしも、普段は沈着冷静なルードヴィッヒも焦りの表情を浮かべている。さらに、エメラルダのメイド、表情が薄いニーナまでもが、口をポカンと開けていた。
そんな反応にミーアは苦笑いして首を振り……。
「わたくしとしても、ぜひそうしたいところなのですけど……。あればかりは完全な予想外でしたし。あのディオンさんも罠に嵌められて動けなくなっておりましたし」
「なんと、あのディオン殿が……ですか?」
驚きに目を剥くルードヴィッヒに、頷いてみせてから……。
「リーナさんも一緒に上手く乗せられてしまったみたいですわ。まぁ、敵のほうが我々より一枚上手だったということではないかしら」
ミーアの話を聞き、エメラルダが眉をひそめる。
「まぁ! リーナさんもそのような危険な目に遭っていただなんて……。星持ち公爵令嬢としての自覚が足りませんわ! そのような無茶をするなど言語道断。後で、とっちめてやりますわ!」
ぷりぷり怒る、自称星持ち公爵令嬢筆頭のエメラルダであった。
「ふふふ、まぁ、ほどほどに。結果としてクラリッサ姫殿下とも仲良くなれましたし、神聖図書館内に潜んでいた賊を捕らえることもできて、わたくしとしては良かったと思っておりますけど」
そう言ってから、ミーアは紅茶を一口。
野菜ケーキはすでにない。少々の口寂しさを覚えるものの、これから始まる誕生祭で食べるケーキ群のことを思えば、今はグッと我慢。断食気分に浸りつつ、野菜ケーキは一個で我慢しようと思うミーアなのであった。
「そんなわけで、クラリッサ姫殿下の要請を受けて、わたくしもいろいろと助言をしているところなのですけど……」
クラリッサは現在、レムノ王国にいったん戻ってはいるものの、なかなかに、人材探しは難航しているらしい。ダサエフ・ドノヴァンを説得するためにも、なんとか学校の形は整えておきたいところだが……。
「ふぅむ、なるほど。レムノ王国……。ミーアさまの想い人のアベル王子の出身国ですわね。その国の地ならしをしたいと……。ですけど、あのレムノ王国で女子教育とは……講師探しは難航するでしょうね。厄介なことは誰も引き受けたがらないのではないかしら……」
エメラルダの言葉に、ルードヴィッヒが頷いた。
「そうですね。私の同門の者にも声をかけることはできると思いますが……」
軽く眼鏡の位置を直しつつ、ルードヴィッヒが難しい顔をする。
「そうですわね。講師としての能力を持つ者は見つかるかと思いますけれど、その中核を支えるような、クラリッサ姫殿下と信念を共にするような人材が必要でしょうね。ちょうど良い人材がいるかどうか……。女性蔑視の国で、女子教育をしようなどと言う気概の持ち主……少し探すのに時間がかかるかもしれませんわ」
腕組みしつつ、うーん、っと唸るエメラルダであった。
――あら、エメラルダさんやルードヴィッヒでも難しいとは……なかなか苦労するかもしれませんわね。
ちょっぴり心配になりつつも、
「いずれにせよ、今度、クラリッサ姫殿下をご紹介いたしますから、直接、お話しいただくのがよろしいと思いますわ」
そう結ぶミーアであった。
さて、ミーアと別れたエメラルダは、その足でシュトリナのもとに向かった。シュトリナは、白月宮殿、大図書館の机の前で難しい顔をしいた。何やら、本に目を落として、ため息を吐いている。
「リーナさん」
声をかけると、シュトリナは、ハッとした顔で見つめてきた。
「ああ、エメラルダお姉さま、ご機嫌よう」
「聞きましたわよ? ドルファニアでの無茶……。まったく、帝国貴族令嬢としての自覚が……んん?」
っと、そこでエメラルダは眉をひそめる。
「あなた、どうかなさいましたの?」
マジマジとシュトリナに顔を寄せ、エメラルダは言った。
「え……どう、とは?」
きょとりん、と首を傾げるシュトリナに、エメラルダは眉間に皺を寄せ……んー? っと見つめ……。
「あなた、悩みがあるのではありませんの?」
「……え? どうしてですか?」
驚いた様子で瞳を瞬かせるシュトリナに、エメラルダは鼻を鳴らす。
「ふふん、そんなの顔を見ればわかりますわ。私は、他ならぬ星持ち公爵令嬢筆頭。若輩のあなたのことなど、顔さえ見れば一目瞭然ですわ」
片手を胸に当て、ドヤァッと胸を張るエメラルダ。それから、気を取り直したように微笑んで、
「それで、なにがありましたの? その様子ですと……ははぁん、さては、好きな殿方でもできたとか……」
「なっ! ぁっ、そ、そんなこと、ない……」
否定はするものの、その表情は、常とは違う、ちょっぴり取り乱したものだった。
――あら、当たりかしら……。いえ、でも……。
エメラルダは小首を傾げつつも、
「ふぅむ、そちらもちょっぴり怪しいですけど……。リーナさんは、その程度で悩んだりするほど、か細い精神をしていないのも事実……とすると、悩み事は別かしら……」」
「……リーナ、馬鹿にされているような気がするんですけど……」
ぷくーっと頬を膨らますシュトリナに、エメラルダは澄まし顔で言う。
「あら、信頼しているだけですわ。まぁ、もしも本当に恋愛で悩んでいるのでしたら、いつでも相談に乗って差し上げますわ。だから、そのように、しょぼくれた顔をする必要など、どこにもございませんわよ? もちろん、恋愛以外の相談も乗りますけど……」
そう言うエメラルダの顔を見て、シュトリナは、ハッとした顔をして、
「それでしたら、エメラルダお姉さま、お願いがあるんですけど」
「あら、お願い? なにかしら?」
シュトリナは、わずかに逡巡して後、
「ブルームーン公爵夫人……ヨハンナさまと対談する機会を用意していただけないでしょうか?」
「あら、ヨハンナさまと……?」
不思議そうな顔をするエメラルダに、シュトリナは小さく頷くのだった。