第四十一話 行間ムシャムシャ
エメラルダとのお茶会は、ミーアの部屋で行うことにした。
テーブルの上には早速、お茶のセットが用意されていく。
ちなみに、お茶菓子は料理長お手製の野菜ケーキだ。ひさしぶりのメニューに、ミーアは思わず笑みを浮かべる。
「ふふふ、ひさしぶりですわね。この野菜ケーキを食べると、帝都に帰って来たという気になりますわね」
なぁんて、ニコニコニッコとして待つことしばし、ほどなくしてエメラルダが専属メイドのニーナを伴い、現れた。
「ご機嫌麗しゅう、ミーア姫殿下」
エメラルダは、スカートの裾をちょこんと持ち上げて、深々と頭を下げる。
「ご機嫌よう、エメラルダさん。お元気そうでなによりですわ」
「はい。おかげさまで。ミーアさまもお変わりないご様子、心からお喜び申し上げますわ」
澄まし顔でそう言って、それから、いそいそとミーアの対面の席に座る。
「エシャール殿下はお元気ですの?」
ミーアは、ニッコリモグモグしながら、尋ねる。
「もちろんですわ。サンクランドからお預かりしている大切な殿下ですし、我がグリーンムーン家の威信にかけて、体調管理には十二分に気遣わせていただいておりますわ」
エメラルダはそれから、頬にそっと手を当てて、
「もっとも、今年の冬は特段に寒いですから、先日は軽くお風邪を召したご様子で……。あ、でも、もうすっかり回復したご様子ですわ。私自らが看病させていただいた甲斐があったというものですわ」
「まぁ、エメラルダさんが看病を!?」
驚くミーアに、エメラルダはゆっくりと頷き、
「風邪を引くと、心細くなるものですから……。まして殿下は母国と、ご家族と離れている身。どうしても、おそばについていてあげたくって……。もっとも、昔から、弟たちが熱を出した時などには、同じようにしてあげてましたから、慣れたものですわ」
などと胸を叩くエメラルダお姉ちゃんなのである。
「なるほど、そのようなことがございましたのね。まぁ、すでに治られたということであればなによりですけど……。ああ、弟と言えば、ヤーデンさんは、お元気かしら?」
せっかく話題に出てきたので、探りを入れておく。
「ええ。それはもう。あの愚弟は、子どもの頃よりあまり風邪を引いたことのない子でしたから」
「そう。それを聞いてホッとしましたわ。なにしろ、彼はグロワールリュンヌの代表生徒。今度のパライナ祭では大いに手腕を振るっていただかないと困りますもの」
自然に、パライナ祭の出し物についての話に向けて流れを作る。っと、エメラルダはむっつり、しかつめらしい顔で頷き……。
「愚弟には、いささか荷が勝ちすぎる大役かと思いましたけれど……。それでもしっかりと、ミーアさまのために働くことができるようきちんと指導しておりますわ。ミーアさまの君主論を広く告げ知らせるよう厳しく言ってありますから、どうぞ、ご安心くださいまし」
「あ……ええ、まぁ、その……ほどほどに、でお願いいたしますわ」
そう言いながらも、先日見たヤーデンの顔を思い出す。
――あの方はどちらかと言うと常識がありそうに見えましたけど、エメラルダさんには頭が上がらないご様子でしたし……。ううぬ、わたくしの君主論とやらに反対してくれそうにありませんわね……。
ふーぅっとため息を吐くミーアである。
「ブルームーン家のカルラさんや、フーバー子爵家のナコルさんと共に頑張って、ミーア姫殿下の功績をまとめているようですわ。フォークロード商会やシャローク・コーンローグとの話のつけ方とか、貴族の子弟として、ミーアさまから学ぶべきことはたくさんありますから」
「そう……。まぁ、そう言うことでしたらほどほどに。くれぐれも、虚構によって、わたくしを礼賛したりすることのないようにだけ、お願いしておきたいですわ」
苦い顔で言うミーアである。
――わたくしが失政をしたら、後から掘り起こされて大いに叩かれそうですし……。
とまぁ、そんな危惧を抱くミーアに、エメラルダは深々と頷いた。
「心得ておりますわ。虚構が虚構であるとバレれば、真実の実績さえ虚構だと思われてしまう。そのようなことをして、ミーアさまのお名前に泥を塗ることが無いように、重々注意しておきますわ!」
力強く頷くエメラルダに、そこはかとなく不安を覚えるミーアであったが……とりあえずおいておいて。
「あ、っと、そうでしたわ。外交とは別に、エメラルダさんにご紹介したい方がおりましたの」
「あら、私に、どなたかしら……?」
頬に指を当て、キョトン、と首を傾げるエメラルダ。それから、傍らに控えるルードヴィッヒのほうに目をやり、
「もしや、そちらの彼が同席していることにも関係しておりますの?」
ルードヴィッヒが軽く眼鏡を直し、こちらに顔を向けてくる。
「そうですわね。ルードヴィッヒにもぜひ意見を聞きたいことでしたから、同席していただきましたの。実は、レムノ王国のクラリッサ姫殿下と対話をする機会をいただいたのですけど、クラリッサ姫殿下に協力して、レムノ王国に学校を建てようかと考えているのですの」
「あら、学校を?」
「ええ。レムノ王国の女性たちに教育を施す学校なのですけど……」
ミーアは静かにお茶を飲み、それから、頭を使うために野菜ケーキにフォークを伸ばす。
最後に残しておいた一口をパクリ、もぐもぐ、っとしてから……。改めて、事情の説明を始めた。