第四十話 ミーア姫、ちょっぴりだけ勤勉になる
さて、翌日からミーアは仕事に追われた。
なにしろ、皇女ミーアの誕生祭といえば、周辺国の重鎮たちが集う、一大外交イベントである。
四大公爵家が開くものも含め、各パーティー会場での対応はもちろんのこと、それ以前にもいろいろと打ち合わせたり、顔合わせをしたりする必要がある。
まして、来年の春にはパライナ祭が待っている。
祭りの成功のために、ある程度は各国の状況を把握しておきたいところであった。
「今回のパライナ祭の目的は、セントノエルとミーア学園との共同プロジェクトである、海産物研究所の存在を公表すること。それにより、飢饉に対する我々の姿勢を表明することですわ」
それにより、大陸の国々に範を示す……みたいなのが、まぁ、生徒会長レアが立てた計画である。
また、国々にはセントノエルの卒業生も多くいる。次世代を担う彼らに、しっかりしろよ、と激励を送る意味もあるのだろう。
「だからまぁ、最悪の場合、海産物研究所のお披露目だけでもまぁ良いのですけど……」
正直、最低限の成功条件は、そこまで厳しくはない。が……ミーアは、ウームと唸る。
――ミーア学園とグロワールリュンヌの発表が、変に気合が入ったものですと、他国との温度差が恐ろしいことになりそうですわね。わたくしが悪目立ちしてしまうのは避けたいところですわ……。
まして、祭りの後には世界会議なる、なんだか、すごそうな会議もあるのだ。
パライナ祭で自身の成果を誇り、礼賛されていた帝国皇女が、偉そうに演説をする……。しかも、なぜか、ヴェールガの司教たちも支持を表明し、なんなら聖人認定しようとしている、などと言う噂もあるとか……。
想像しただけでミーアは、ぶるるっ! と背筋を震わせる。
――それは、さすがに……。いやまぁ、それを言うならば、帝国の出し物が帝国皇女を褒めたたえるようなものというのも、なんと言うか……痛々しい感じはしますけど……。
それはまぁ、諦めるとして……。
「ともかく、祭りでわたくしとラフィーナさまが空回りして綺麗事を言っているだけ、と思われるようなことは避けたいところ……いたたまれないですし。最低限、ティアムーンとヴェールガに、サンクランド辺りも本気で取り組んでくだされば、それなりの形にはなるかもしれませんけど……。いずれにせよ、他国の状況には探りを入れておきたいですわ」
食料事情も含めて、把握しておきたいところではある。ということで、ミーアは早速、帝国内外の情報収集を一手に担う男、帝国の叡智の知恵袋と名高い忠臣、ルードヴィッヒを召喚する!
「ルードヴィッヒ、もろもろの国の現状について、確認しておきたいのですけど……」
「はっ! かしこまりました」
まるで、ミーアに呼び出されるのを待ちかねていたかのように、ルードヴィッヒは資料持参でやって来た。
「詳しいことは、すべて、こちらにまとめてありますので、後ほど目を通していただければと思うのですが……」
分厚い紙束を横目に、ミーアは、うむ! っと頷き、
「わかりましたわ。しかし、まずは、あなたの口から、あなたの分析を聞きたいですわ」
サボる気満々のミーアの言葉であったが……そんなこととは露知らず、ルードヴィッヒは軽く眼鏡を押し上げ、心得た! とばかりに力強く微笑む。
「そうですね。今のところ、サンクランド王国は、それなりにパライナ祭に力を入れるようです。シオン王子が主導する形で、何人かの貴族が準備にあたっているとか」
「なるほど。まぁ、シオンであれば問題はないと思っておりましたけど。ということは、サンクランドは積極的に参加してくれそうですわね」
「はい。次に、レムノ王国はすでにご存じのこととお聞きしております。第二王女クラリッサ姫殿下を責任者として立ててはいるものの、国としてパライナ祭にはそこまで積極的に参加するつもりはないようです」
「国王陛下を始めとした上層部はそんな感じみたいですわね。クラリッサお義姉さまは、やる気に満ち満ちておられましたけど……」
そのやる気が暴走してしまわないかだけが心配なミーアなのである。企画を通じてレムノ国王の頬を張り飛ばすような、大上段に構えた正論で上層部を一刀両断にするような……そんなことがないようにしたいミーアなのである。
――ああ、そういえば、例のレムノ王国の学校の件で、一度、エメラルダさんに直接話を通しておく必要がございますわね。手紙では知らせましたけど、実際にお会いしてきちんと話しておいたほうが良さそうですわ。
ミーア自身の計画ではないとはいえ、こちらはお願いする立場。顔繫ぎは大切だ。
「さらに、ガヌドス港湾国は海産物研究所に協力という形で出展。ペルージャン農業国は聖ミーア学園、グロワールリュンヌの企画に協力という形で参加のほか、自国の作物を紹介するような展示を行うようです」
「ふむ……。海の幸とペルージャンの農作物……」
食べ物はたっぷりありそうですわね! っと内心で微笑むミーアである。会場にたくさん出店が出て、それを食べ歩きする自らの姿を夢想すると、ついついニコニコしてしまう。
「加えて、独立都市セントバレーヌの商人組合もなにか出し物をするらしいですね。また、ミラナダ王国はシャローク殿からの要請を受け、なにか企画を出すようです。ツロギニア王国は国内事情的に、なにか大きなことをするのは難しいかもしれません」
「ツロギニアというと、ベルの父親の出身国……でしたかしら。それに、ミーアネットに助けを求めて来た方もいらっしゃいましたわね。大規模な飢饉はそれによって回避されたと聞いておりますけど……」
ルードヴィッヒは軽く眼鏡を押し上げ、頷く。
「それでも、国民に疲弊はあるようです。かの国はヴェールガ公国との関係も深い国ですから、祭りには積極的に力を入れたいようなのですが、却ってそれが国民を苦しめることになるのでは、と、ヴェールガ公国のほうからストップがかかりました」
「なるほど。まぁ、無理してパライナ祭自体に反感を抱かれるということがあっては一大事ですし……。しかし、そうなると、それなりに盛り上がりそうな感じかしら……」
ミーアは、ふぅむっと唸ってから、
「とりあえず、エメラルダさんとのお茶会を済ませておくべきかしら。外交のグリーンムーン家の見解もお聞きしてみたいですし。申し訳ありませんけど、ルードヴィッヒ、エメラルダさんにお手紙を……」
などと言うミーアの言葉を待たずして、アンヌが部屋に入ってきた。
「失礼いたします。ミーアさま。エメラルダさまが、遊びにいらしているのですが……」
「あら……。ふふふ、手間が省けましたわね。ルードヴィッヒ、今から、エメラルダさんとお茶会をするのですけど、あなたからも意見を聞きたいことがあるから、同席していただけるかしら?」
ミーアの言葉に、ルードヴィッヒは怪訝そうな顔で首を傾げて、
「それは構いませんが……よろしいのですか?」
「ええ、問題ありませんわ。本当はガルヴさんにも来ていただいて、ご意見をお聞きしたいところですけど……」
「我が師にも? 差し支えなければ、なにについての話か、事前にお聞かせいただいても?」
わずかばかり、警戒した顔をするルードヴィッヒに小さく頷いて、
「ええ、ちょっと、レムノ王国に学校を建てる件で相談したいことがございますの」