第三十九話 ミーア姫、大絶賛してしまう
大広場を後にしたミーア一行は、白月宮殿に向かった。
馬車の中、ルードヴィッヒから誕生祭の準備状況を聞きつつ、
――ああ、今年もお父さまが陣頭指揮を執っているのですわね。まぁ、驚きませんけど……。
などと遠い目をしていると、ほどなくして宮殿前に到着する。
「おお! やっと着いたか!」
待ちわびた様子で駆けつけてきたのは、皇帝、マティアス・ルーナ・ティアムーンだった。作業中だったのか、作業着のような服に身を包んだその姿は、とてもではないが、この国の頂点に立つ男には見えない。
馬車から下りたミーアは、穏やかな笑みを浮かべて、スカートをちょこんと持ち上げる。
「ただいま戻りました。ご機嫌麗しゅう、お父さま」
どうせ、パパと呼べとか言うんだろうなぁ、なんて思いつつ、とりあえず挨拶をする。っと、どうしたことか、マティアスはミーアを見て固まっていた。
「あら、どうかなさいましたの? お父さま」
「ああ……いや、しばらく見ないうちに……髪を少し伸ばしたのだな……」
指摘されて、無意識に髪に手をやる。確かに、以前より髪は伸びてきていた。もうすぐ肩より下に届くぐらいだろうか……。
「一瞬、アデラの若い頃と重なって、言葉が出てこなかった」
「まぁ、お母さまと……」
「ああ。アデラは髪の美しい女性だったからな……」
思い出に目を向けるように、静かに空を仰いだ後、マティアスは改めてミーアを見た。
「大きくなったな。ミーア。私はお前の成長を誇りに思うぞ」
「お父さま……」
っと、父子の感動の再会を果たしていると、ふいにマティアスの目が後続の馬車に向いた。
降りてきたパティと目が合うと、無意識に、なのか、マティアスの背筋がスッと伸びる。
「……陛下」
「おお、パティ。それにヤナとキリル。ベルも来たか。イエロームーン公爵令嬢も歓迎するぞ。長旅で疲れただろう。部屋に案内しよう」
ニッコニコの上機嫌な笑みを浮かべて、マティアスは言った。それから、ササッと踵を返し、自ら率先して白月宮殿の案内を始めようとする。
非常に、フットワークの軽い皇帝陛下なのである。
「やれやれ、相変わらずですわね。お父さまも……」
苦笑いを浮かべつつ、ミーアもその後を追った。
さて、宮殿に入った直後、ミーアに声をかけてくる者がいた。
「ご機嫌麗しゅう、ミーア姫殿下!」
聞き覚えのある声、視線を向けると、意気揚々と言った様子でシャルガールがやってきた。
目の前で、芝居がかった仕草で、さっと片膝をつくお抱え芸術家に、ミーアは微妙な反応を返す。
「あ、ああ、シャルガールさん……どうも」
っと、ミーアの声を聞いたシャルガールは、シュシュっと顔を上げ、
「どうでしたか? 今年の大雪像は!?」
開口一番、言った!
それは、まるで、芸をした後、褒められるのを期待する犬のような、尻尾をブンブン目の前で振られているような、そんな状況だった。
「あー、ええっと……」
その気迫に押され、答えを躊躇っていると一転、シャルガールの目に不安げな光が揺れる。
「ミーアさまのお抱え芸術家として、粉骨砕身の決意で仕事をさせていただいたのですが……」
ご満足いただけませんでしたか? と心細げに見つめてくる。
「ふむ……」
ミーアはふと気付く。
思えば、彼女も彼女で、ヴェールガの肖像画家をクビになった身だ。こうして、異国の地にて、再出発を図ろうと頑張っているのだ。
当然、不安もあるのだろう。雇い主たるミーアに気に入られようという想いと、自らの芸術を極めんとする想いとで、きっと葛藤することもあるのだろう。
――そう考えると、否定するのは可哀想な気がしますわね。
それになんと言っても、ミーアは先ほど確かに感動したのだ。
あの、走る大雪像を見て! 楽しそうにくるくる回るみんなを見て、ちょっぴりだけど、確かに感動したのだ。
であれば……その本心を隠すのは少し不誠実にも思えた。
――それに……よくよく考えると、むしろ満足してみせておかないと、余計にトンデモないものを作ってくるかもしれませんわ。わたくしを満足させようと、黄金の輝きに活路を求めたりなんかされたら、それこそ一大事。いえ、シャルガールさんだったら、実際に走る大雪像みたいな珍妙な物をこそ、生み出してしまうかもしれませんわ。であれば……。
ミーアはニッコリと笑みを浮かべて、
「ええ、非常に素晴らしい仕事でしたわ! シャルガールさん。それはもう、わたくしの想像通り、いえ、想像を超えた素晴らしさでしたわ!」
ミーア、ここは大いに褒めたたえておく!
あれで満足ですよ? あれ以上とか、もう、本当に不要ですよ? この水準で止めといてね! という願いを込めて言ってやる。
目をパチパチ、と瞬かせたシャルガールは、次の瞬間、ほわぁああ! っと声にならない声を上げた!
「ああ……そっ、それは、良かったです。その……私の力をもってすれば、あの程度のこと……いえ、そもそも、あの雪像を作られたみなさんの労力や、陣頭指揮を執ってくださった皇帝陛下のお力によるところが、非常に大きくー」
などと、照れくさそうにもにゅもにゅ言っているシャルガールに、
「いや、そなたはよくやったぞ。シャルガール。ミーアをこれほど喜ばせたのだ。胸を張るがよい」
皇帝マティアスが、ありがたーい言葉を送る。
「へ、陛下……」
シャルガールは、またしても、ポカーンとした顔をしたが……。
「ああ、なんて、幸せな……。私の芸術をわかってくださる方たちに仕えられる……ああ、これほどの幸せがあるだろうか……」
感動にうるうる潤む目でシャルガールが天を仰いだ。
「ミーア姫殿下、改めまして、私をお抱えにしていただき、感謝いたします。聖夜祭には間に合いませんでしたが、改めて感謝をお伝えいたします」
「うふふ、そう言っていただけると、わたくしも嬉しいですわ。けれど……そう、あまり無茶はしないようにね。それと、お金をあまりかけ過ぎないようにすることも大切ですわ」
「はは! 心得ております。限られた条件の中でこそ、芸術というのは花開くもの。この帝国の地にて、与えられた条件で、新たなる芸術を生み出してみせますとも!」
「ふふふ、その意気ですわ」
やる気に満ち満ちたシャルガールが、次にどのような作品を生み出すのか……果たしてプリズムの輝きを放つミーア像は、黄金をまといし巨大皇女像は、そして、実際に走る大雪像は、生み出されてしまうのか!?
シャルガール先生の次回作にぜひご期待ください! なのであった……。