第三十八話 ミーア大雪像……走り出す!?
特別初等部の聖夜祭を終えて、ミーアは帝都へと帰還を果たした。
馬車に同乗するのは、アンヌとベル、シュトリナだった。
――ふふふ、聖ミーア学園とグロワールリュンヌへの抑えのために、あの子たちが一般常識を投入してくれれば……。懸念していたことが一気に解決してしまうのではないかしら?
忠誠過多の聖ミーア学園と、帝国貴族の常識に毒されたグロワールリュンヌ学園。両校が相乗効果によって、トンデモネェ企画発表をするのではないかと心配していただけに、これはなかなかに、妙手と言えるだろう。
――帝国の叡智式君主論の実践とか、わけのわからないことを言い出した時には頭を抱えましたけど、そこで特別初等部の子どもたちの常識が上手いこと発揮されて、企画がいい具合に抑制されていけば……うん。案外、良い方向に行ってくれる……といいですわね!
希望的観測にすがるミーアなのであった。
それはさておき……。
「それにしても、さすがに誕生祭の前は活気が違いますわね……」
帝都ルナティアは今まさに、皇女ミーアの誕生祭準備の真っ最中であった。
馬車の中から行きかう人たちの姿を見ていると、ミーアはなんだか楽しくなってきてしまう。
――この頃は、流行病と大飢饉で帝都がボロボロでしたけど、ふふ、みな、楽しそうな顔をしていてなによりですわ。
なぁんて微笑ましい気分に水を注すように、視界を過る白いモノ。
例の巨大なアレが、早くもミーアの目に飛び込んできた。
「むっ!? ちょおっと、馬車を止めていただけるかしら?」
素早く御者に指示を送り、シュシュッと馬車を降りる。
そうして、改めて、その白いもの……ミーア雪像を見上げて……。
「ふむ、これは……。また、ずいぶんとご立派な雪像ですけど……」
腕組みしつつも、ミーアは小さく首を傾げた。
――しかし、これは……いささか拍子抜けですわね。昨年のように目が光っていたりはしませんし、大きさも昨年と変わりはない。少々、意外なことですわね。今年は雪が多いと聞いておりましたし、てっきり、とんでもなく巨大なものが出来上がってくるものとばかり思っておりましたけど……。いや、でも、よくよく考えれば雪が多くあるからといって、際限なく巨大な物が作れるはずもなし。これは、わたくしが悪いほうへと考えすぎていたということかしら?
ミーアは、少しだけ反省する。
そうなのだ。みんながみんな、常識のないことをするわけではないのだ。きちんと常識をわきまえた人間だって、世の中にはたくさんいるのだ。
ミーアは、うんうん、と頷きつつも、
「しかし……よくよく見ると、ポーズもパッとしませんわね。強いて言うなら、こう、走り出す直前のような恰好というのかしら……。それに、立っている場所もいつもの白月宮殿の真ん前ではありませんのね。やけに手前ですわ」
このことになにか、意味はあるのだろうか……? などと首を傾げつつ、ミーアは馬車に戻ろうとしたところで……。
「あっ、ミーアさま、見てください。あちらにも雪像が立ってますよ」
アンヌが前方を指さした。
その先に目をやり……ミーアは唖然とした。
「……はて、あれは……?」
馬車が向かう先、帝都の大通り沿いに雪像が立っていた!
「なっ、あれ……は?」
慌てて、その雪像の足元まで行き、ミーアは口をあんぐーりとさせる。
それは、まさしく、ミーアの雪像だった。
「これは、先ほどのものと同じ雪像……なのかしら? いえ、微妙にポーズが違うような?」
そして、そのさらに先には、またしても雪像が見える。さらにその先にも……。
「こっ、これは、もしかして、同じような雪像が白月宮殿の前まで立っていると、そういうことなのかしら……?」
「ご覧いただけましたか、ミーアさま」
落ち付いた声にそちらに目を向ければ、ルードヴィッヒが澄まし顔で歩いてくるところだった。
「ああ、ルードヴィッヒ。ご機嫌よう、久しぶりですわね」
「お久しぶりです、ミーアさま。ご無事のお戻り、心よりお喜び申し上げます」
深々と頭を下げてから、ルードヴィッヒは改めて雪像に目をやった。
「今年の雪像は、いくつも作ったのですわね」
「はい。実は、ミーアさまのお抱え芸術家たるシャルガール嬢の意見を取り入れまして。今年の雪像は、躍動感をコンセプトにしております」
「ほほう……雪像に、躍動感とは……いったいどういう……?」
「はい。帝都の大広場に立って、回転してみるとその意味がわかる、と言っておりました」
などと言われ、ミーア一行は早速、広場に向かう。
「お……おお……」
帝都の中央に位置する大広場には、周りの雪像よりも一回り大きなミーア巨大雪像がそびえ立っていた。当たり前のように、目のところが光る仕様になっている。標準装備らしい……。
「その足元に立って、周りを見ながら、回ってみてください」
ルードヴィッヒに言われて、ミーアは試しにくるり、と回転する。っと!
「お……おお、これは……どうなっておりますの? 周りの雪像が……走っているように見えますわ!」
チカッチカッと建物の間から断続的に見える雪像が、まるで走っているように見えた!
「目の錯覚を利用した現象で、そのような伝統工芸品があるという話を聞いたことがありましたが……。雪像でそれをしようとは思ってもみませんでした。さすがは、ミーア姫殿下がお抱えにした芸術家なだけはありますね」
ルードヴィッヒの称賛を受け、微妙に複雑そうな顔をするミーアである。
――これ、わたくしだからまだいいですけど、そのうち、ラフィーナさまの動く肖像画とか作りだしそうで恐ろしいですわね……。きちんと注意しておきませんと……。
などと思いつつ、ミーアはもう一回転、自らの雪像が走るのを見て……。それから、ミーアの真似をするように、楽しげにくるくる回転する、ベルやシュトリナ、パティ、ヤナ、キリル、アンヌのことを見て……。
「しかし、この場所は……」
それから、改めてミーアは、大広場に立つ自らの雪像を見上げる。
奇しくもそこは、あの日、あの断頭台が設置されていた場所だった。
「走る雪像……なるほど。あの日から……必死に駆け抜けて、辿り着いた場所がここだということかしら……しかし、これは……ふふ、なんとも楽しい」
大広場には、ミーア雪像の秘密に気付いた子どもたちが、笑いながらくるくると、踊るように回っていた。
かつて、ミーアが数多の憎悪と怒りを叩きつけられた場所が、今では笑顔と喜びに満ちた場所になっている。
それが、なんとも感慨深かった。
「なかなか、良い仕事をしておりますわね、シャルガールさん」
今回は素直に褒めてあげても良いのではないか、と思ってしまうミーアであった。
ちなみに後日、その賞賛を受けたシャルガールが奮起し、ミーアを昏倒させるような気合いの入った芸術作品を生み出してしまうのだが……。
まぁ、どうでもいい話であった。




