第三十四話 サプライズ成功!
さて、そのまま午前中、馬術部に顔を出し、アベルと荒嵐と戯れた後、久しぶりに荒嵐のくしゃみに巻き込まれたミーアは、そのまま大浴場にて朝風呂を敢行。
汗を流してスッキリした頃には、お昼時を迎えていた。
「ふふふ、乗馬で消費した分、しっかり目にお食事を……」
なぁんて思っていたのに、出てきた昼食はまたしても微妙に少なかった。
……おかしいなぁ、変だなぁ……と首をひねりつつ……もしや、深刻な飢饉がセントノエルを襲いつつあるのでは? とちょっぴり心配にもなったミーアは、これは対策が必要なのでは!? っととりあえず、アドバイザー・ベルを召喚しようとしたところで……。
「ミーア姫殿下!」
呼ばれて振り返る、っと、そこには特別初等部、年少組の子どもたちが集まって来た。
「あら? あなたたち、どうしましたの?」
そう尋ねると、先頭にいたキリルが少しだけ緊張した顔で、
「あの、ミーア姫殿下……。実は、僕たち特別初等部で聖夜祭のパーティーをしようってことになって……ぜひ、ミーア姫殿下にも参加していただきたいな、って……」
「あら、わたくしに?」
「はい! ケーキ、私たちで作ったんです!」
「飾りつけも、がんばりました。だから、その……、ミーア姫殿下に来ていただけるような豪華なものじゃないけど、でも……」
年少組の中でも、初期からいる子どもたちが勇気を奮って口々に言う。その後ろ、今年から加わった新参の子たちは、ミーアに話しかけてもいいものか、少しばかり不安そうにしている。
それも当然のことで、もし仮に、彼らが貴族と顔を合わせる機会があったとして、自分たちのパーティーに来てほしいなどとは決して言えるものではない。
まして、ミーアは大帝国の姫君。普通であれば会話する機会すら与えられないほど、雲の上の人。不安に感じるのは当然のことだった。
そう、この子たちは、まだ知らないのだ。
たとえ片田舎の猟師の家でも、孤児院の子どもたちが用意したこじんまりしたパーティーであったとしても……そこに美味しい物や甘い物があるならばフットワーク軽く行ってしまう、帝国の健啖家、ミーア・ルーナ・ティアムーンの性質というものを……!
そんなふうに、緊張した様子の子どもたちに、ミーアはニッコリ満面の笑みを浮かべて、
「まぁ、ふふふ。ケーキがあるとなれば、ご招待に与らないわけにはいきませんわね! ぜひとも行かせていただきますわ!」
それから、ミーアはアンヌのほうに目を向けた。
「なるほど、朝から、お食事が微妙に少ないのはこう言うことでしたのね……。子どもたちのパーティーがあるから……」
「はい。申し訳ありません、黙っていて……」
すまなそうな顔をするアンヌに、ミーアは小さく首を振った。
「いえ、さすがはアンヌですわ。これでケーキをお腹いっぱい食べられますわ!」
そうして、ミーアはパーティーに参加するべく意気揚々と食堂を後にした。
そうして、案内された教室の中を見て、ミーアは、おお! っと驚きの声を上げる。
綺麗に飾り付けられた教室、吊るされて揺れる手作りの飾り。落ち葉を利用して作った可愛らしい飾りを見て、ミーアはおや? と首を傾げる。
「あら、この飾りは、もしかして……」
手に取ってみると、葉っぱは、横を向いた少女の形になっていた。豪奢なスカート、短めの髪、このシルエットは、もしかして……。
「落ち葉をミーア姫殿下の形に加工したものです。今日のパーティーは子どもたちが、ミーア姫殿下への日頃のお礼を伝えるために、サプライズで用意したものなんですよ」
そう解説してくれたのは、エプロン姿のキースウッドだった。
「なんと、わたくしのために?」
その言葉を聞いて、改めて、ミーアは心のこもった教室内に目をやる。
テーブルのうえに並ぶお料理、ところどころに不器用さが見えるものの、きちんと形になっているブッシュ・ド・セントノエルに、ミーアはニコやかな笑みを浮かべる。
「お見事なパーティー会場ですわね。素晴らしいですわ。キースウッドさんが指揮を執ってくださいましたの?」
「いいえ。私とモニカ嬢、それにユリウス先生は、あくまでもお手伝いです。メインで準備したのは特別初等部の子どもたちですよ」
キースウッドの言葉に、大人たちがうんうん、と頷く。
「まぁ! そうなんですのね。それにしても、言ってくださればよろしかったですのに。わたくしも、一緒にお手伝いしたかったですわ」
みんなでケーキ作り、想像するとすごく楽しそうだった。
せっかく、鍛え上げた料理の腕前を披露しようと思ったのに……なぁんて感じで頬を膨らますミーアに、キースウッドはなぜか、慌てた様子で手を振り、
「いえいえ、子どもたちもしっかり働いてくれたので……、大丈夫ですから」
「そうですの? でも、キースウッドさんをはじめ、みなさまに余計な負担をかけることになったのではないかしら? わたくしもお料理程度ならば手伝えることも……」
「いえ、大丈夫ですから……」
「実際に料理しないまでも、アイデア出しとか食材探索とかは……」
「大丈夫ですから!」
キースウッドに言われ、ふむ、っとミーアは鼻を鳴らす。
「まぁ、でも……」
っと、ミーアは改めてテーブルの上のお料理に目を向けた。
少しだけ不格好なブッシュ・ド・セントノエル。木のケーキのそばには、デコレーションされたキノコ形のクッキーが並べられている。
――わたくしがキノコ好きだと知っていて……喜ばせるために作ったのですわね。誰の発案かはわかりませんけど、ふふふ、良いアイデアですわ。
上機嫌に微笑んで、ミーアは言った。
「子どもたちがサプライズで準備してくれた、というのは、確かに嬉しいものですわね……。ふふふ、わたくしが準備に参加しなかったからこそ、こんなに嬉しいのかもしれませんし。その意味では、キースウッドさんたちにもお礼を言わなければなりませんわね」
そうして、ミーアはニッコリ笑みを浮かべるのだった。