第三十二話 キースウッド、ちょっぴり大人げなくなる
「……パティ嬢、確認したいことがあるんだが、いいだろうか……?」
キースウッドは、自身が追い詰められていることを自覚していた。
そう、確かに追いつめられている。追いつめられているが……。
されど、彼はこのセントノエルで……否、ミーアとの幾度かの鍔迫り合いを経て学んだことがある。すなわち、それは戦略という視点である。
例えばそれは、後退と敗走との違い。
あるいは、劣勢と敗北との違い。
キースウッドは劣勢だった。パティに押され、ジリジリと後退していた。
だが、それは断固として負けではない。
彼は、パティに攻め込ませつつも、反撃の態勢を整えていたのだ。
「ブッシュ・ド・セントノエルに、パティ嬢はキノコでデコレーションをしようと考えている。それは間違いないかい?」
優しく、丁寧に、確認するように問う。
「……はい。キノコには見映えの良い派手な色の物もありますから、デコレーションに使えるものがあるのではないか、と……。午後まで時間があるから、ある程度、ケーキを作り終わったら、みんなで大キノコ狩り大会を……」
『派手なキノコ』『大キノコ狩り大会』というヤベェワードに、改めてキースウッドは覚悟を新たにする。
これは、引くに引けない戦いだぞ! っという思いを新たに、告げる。
「しかし、キノコの実物でデコレーションというのはブッシュ・ド・セントノエルには相応しくないのではないか、と俺は思う」
「え? なぜですか……? ブッシュ・ド・セントノエルは、倒木を模したケーキ。その下にキノコを置くのはごく自然なこと……」
パティの言葉を、あえて受け止めるように頷いてみせてから、
「そう……。確かに倒木を模したケーキだ。だからこそ、キノコも、キノコそのものではなく、キノコを模した物にしなければならないんじゃないか?」
その言葉に、パティはハッと目を見開いた。それから深刻そうに眉根を寄せて……。
「それは、確かに……」
こくり……ゆっくりと頷く。
「そもそも、このブッシュ・ド・セントノエルはなにゆえに木の形をしているのか? 木そのものが美味しいからだろうか?」
問いかけに、ゆるゆるとパティは首を振る。
「そう。違うだろう? ではなぜ木の形にするかと言えば、それは見た目が楽しいからだ。目を楽しませるためだ」
キースウッドは、ここぞとばかりに攻め込む。
「でも、ミーアお姉さまは、キノコが好きで……だから、キノコそのものを……」
「そう、ミーア姫殿下は無類のキノコ好き。であれば、キノコそのものでなく、キノコの見た目だけでも楽しませることはできるはずだ。木の見た目によって人々を楽しませるブッシュ・ド・セントノエルのように!」
覚悟の踏み込み、怒涛の連撃。
剣士キースウッドの凄まじい攻めを前に、沈着冷静なパティもついに態勢を崩した。
そんなパティに、キースウッドは、世界の隠された真理を語る人のような厳かさで、告げる。
「ブッシュ・ド・セントノエルの本質が、木を模したケーキによって、目と舌を楽しませることである以上、キノコのほうも、その本質に合わせるべきだ。そうじゃないかな?」
とどめとばかりに正論の刃を突きつけてやると、パティは、こくり、と小さく頷き……。
「…………確かに、その通りだと思います。では、キノコの形に見える飾り付けを、カタリナさんに相談してきます」
「ああ、そうするといい。クッキーや飴細工で作るとか、いろいろ良いアイデアをもらえるだろう」
ホッと安堵しつつ、優しい笑顔でパティを見送ったキースウッドだったが……ふと、視線を感じて振り返る。っと、モニカが、こう……なんとも言えない顔で見つめていた。
……一瞬、キースウッドは我が身を省みて……。
年端も行かない少女を論破し、思わず勝鬨の声を上げそうになっていたことを思い出して……。
「あ、いや、その……今のは少々、大人げなかったかもしれないけど……」
などと慌てて言い訳しかけるも、モニカはゆっくりと首を振る。
「いえ……大人げないとか、そう言うことではなく……ええと……」
それから、微妙に憐みのこもった目を向けてくる。言いづらそうに、一度、二度と口を開けてから、
「いろいろと、大変だったのですね、今まで……」
言われ……キースウッドの脳裏に、さまざまな光景が思い浮かぶ。どの瞬間にも、ドヤァな顔の某姫殿下が胸を張っていて…………思わず天を仰ぐ。
まなじりを押さえ、くぅっと小さく声を漏らし……。
「……ああ、いろいろ……本当に、いろいろな事があった……」
「……無事に終わったらお酒でも飲みながら、いろいろ、お話、聞きましょうか……」
「ああ……うん、それはぜひお願いしたい……」
そんなこんなで、ちゃっかりお疲れさま&愚痴り会の開催を決定してしまうキースウッドであった。
まぁ、それはさておき……。
「なるほど、それじゃあ、クッキーをキノコの形にして、傘の部分にクリームを塗るのがいいかな」
カタリナの提案に、熱心に頷く子どもたちの姿があった。
こうして、キースウッドの決死の説得もあり、ブッシュ・ド・セントノエル作りは順調に進んでいくのであった。
馬龍の愛馬の名前を変更しました。響きが不吉だというコメントをいくつかいただきましたので……。
崇穂→蝶雲
としました。少し強そうな白馬になりました。よろしくお願いいたします。