第三十話 二度と戻ることのない光景を刻んで 3
パティは、セントノエルでの初めての燭火ミサに圧倒された。
ミーアの言うとおり、それは、実に荘厳な儀式だった。
ぼんやりとした灯火に照らされた美しい聖堂、息苦しくなるほどの静寂から、高らかに鳴り響く美しいオルガン、厳かに読まれる聖句。
前方で、純白の儀式服に身を包んだリオネルとレアの兄妹は、普段とは違う、堂々たる立ち居振る舞いでミサを導いていく。
――なんだか、不思議な感じ。あの人たちとも旅をしたんだっけ……。いや、それを言うならば、ラフィーナさまもミーアお姉さまのお友だちという印象が強いから、儀式をしてる姿とか想像できないか……。
そんなことを考えている内に、ミサは終わった。
そのまま、手元のランプを焚火にくべに行こうとしたところで……。
「あ、パティ、ここにおりましたのね。ヤナたちと一緒にいましたの?」
その声に振り返ると、そこにはミーアが立っていた。
「……ミーアお姉さま、はい。特別初等部のみんなで、ミサに参加しました」
「そう。それは、良かったですわ。あ、ところで、パティ、今夜はどうするつもりですの?」
聖夜祭の夜は、生徒たちは夜を徹しておしゃべりするのが恒例となっていた。
特別初等部の子どもたちも例外ではなく、この日に限っては、起きていられるものは起きていても良い、と許されているのだ。
「わたくしは、みなさんと少しお話をするので部屋に戻るかわからないのですけど、パティも来るかしら? それとも、ヤナたちのお部屋でおしゃべりするというのでも良いですけど……」
「……それなら、そうします」
「わかりましたわ。では、楽しい聖夜祭を過ごしてくださいませね」
小さく手を振ってから、ミーアは去って行った。
その背を見送ってから、パティは、少しばかり満足げに頷く。
――どうやら、私たちのこと、気付いてないみたい。
「パティ、それじゃあ、行こうか」
ヤナに言われ、パティは小さく頷いた。
実のところ、パティたちは、今夜は少しばかり忙しいのだ。
明日、行う予定の特別初等部のパーティーの準備をしなければならないからだ。
朝からケーキ作りをする予定なので、今夜中に教室の中を飾り付けを、少しだけ変える必要があるのだ。
教室に入ると、すでに作業が始まっていた。
「おっ、来たな。お前たちで最後だぞ」
「てきぱき進めないと終わらないから、早速やろう」
カロンとローロは、それぞれに飾りを壁に貼り付ける作業をしていた。
今夜いっぱい時間を使えるとはいえ、キリルを始めとする年少組の子どもたちは寝ないわけにはいかない。ちなみに、今年の春から入った二期生はみな、キリルたちと同年代だったため、年長組はパティたち四人だけだった。戦力は、あまり多くはないのだ。
「二人は飾りを出すのを手伝ってくれ。チビたちが、もうやってるから、そっちに合流だ。キリルは、こっちを頼む。出してきた飾りを渡してほしいんだ」
ローロの指示を受け、向かった先では、年少組の少女たちが机の前に並んで、手作りの飾りを準備していた。それは、セントノエルで採れる大きな木の葉を切って作った飾りだった。
形は、横向きの少女の姿。短めに切った髪と豪奢なドレスのシルエット。そう、ミーアを模した形である。
パティは知っている。
ミーアは基本的に、過度に自分を飾るようなことは好まない。だから、もしも黄金でこんな形を作ったりすると嫌がるだろう。
しかし、森から拾ってきた葉っぱを使って、そういう飾りを作るのは、たぶん嫌がらない。むしろ、喜んでくれるんじゃないかと思う。
その辺り、肖像画に複雑そうな顔をするラフィーナとは違うのだ。
「あとは、ミーアお姉さまがお好きなキノコとか、ケーキとか、そういう形のものも足して……それを紐でつないで、吊るせば……」
「こんな感じかな?」
事前に、形にしておいた葉飾りに紐を通して、その紐の端をヤナと一緒に持って広げてみる。っと、子どもたちから一斉に歓声が上がった。
ここ数日、ただの聖夜祭の飾りではなく、ミーアに喜んでもらえるような飾りをみんなで用意した、その成果がこれだった。
「それじゃあ、これでどんどん教室を飾り付けるぞ。頑張ろう!」
ヤナの掛け声に、年少組の少女たちが、おー! っと元気よく答えた。
そうして、作業が終わるころには、すっかり日にちが変わっていた。
年少組の子どもたちの中には、すでに、教室で横になって、寝てしまっている者もいた。キリルも眠そうに目元をこすっている。
大きなあくびをして、終わったー、っとつぶやいてから、カロンが唐突に言った。
「あっ、そうだ。明日は朝からケーキ作りだし、寝坊しそうだから、この教室でみんなで寝ようぜ」
カロンの提案に、ローロが頷く。
「いいね。楽しそうだ」
その声に反対する者はいなかった。
孤児院では、みんなで雑魚寝をすることも少なくない。むしろ、部屋に一人で寝るほうが慣れないという子もいるぐらいだ。
久しぶりに孤児院を思い出すシチュエーションに、みんなは大いに盛り上がっていた。
いそいそと毛布を持ってくると、真ん中に集まるようにして横になる。
パティはヤナの隣に横になり、小さく息を吐いた。
――楽しかった……。すごく。
今日は準備で、本番は明日のはずなのに……とても、とても楽しかった。
やがて、部屋が暗くなると、あちこちで、ひそひそ、話す声が聞こえてくる。
「楽しかったね」
「うん、すごく楽しかった」
なんて声が聞こえてきて、くすくす、と抑えたような笑い声も聞こえてくる。
貧民街であっても、孤児院であっても、明日というのは不安なもの。
暗い夜は、不安と心配の息苦しさに耐える時間のはずで……だけど。
「明日も楽しみ」
自然と誰かからこぼれた声に、
「……うん」
パティは小さく頷くのだった。