第二十九話 聖夜祭当日
それから、特別初等部の子どもたちは動き出した。
キースウッドを隊長とし、カロン、ローロ、ヤナ、パティの年長組を各班リーダーとして、徹底した情報封鎖を行う。
「ミーア姫殿下は鼻が利くんだ。特に、甘い物、ケーキには恐ろしいほどの嗅覚を発揮する。決して油断のないように。絶対に、情報が漏れたらダメだ」
っと、実に、実に厳格な情報統制を施していく。っと……、
「……そんなに秘密にする必要がありますか?」
疑問を呈したのはパティだった。それは、とてもとても素朴な疑問だった。
別にバレても問題になることではないし、万が一、バレてもミーアであれば空気を読んで知らないふりをしてくれるかもしれない。うちの孫娘は、そういうところしっかりしてるから、と思うパティである。
けれど、キースウッドは静かな瞳でパティを見つめてから、小さく首を振って……。
「事は命にかかわる問題……」
っと、なにやら、物騒なことを言いかけて、小さく咳払い。それから、
「この手のサプライズは、どれだけ徹底して秘密にできるかが、命。もしも、ミーア姫殿下がまったく、思いもよらないことであったならば、きっと驚いていただけるし、喜んでももらえると思うんだ」
「なるほど……」
確かに、知らないふりをしているのと、完全な不意打ちとでは嬉しさが違うかもしれない。
「聖夜祭は、普段の感謝を伝える日。みなそれぞれに、ミーア姫殿下には、恩義があることだろうから、ここは誠心誠意、ミーア姫殿下にお楽しみいただけるように努力を尽くすことが必要なのではないか、と俺は思っているんだ。みんなもそう思うだろう?」
なぜだろう、なんとなく早口気味に言うキースウッドに、パティは、首を傾げつつも、一応は納得しておく。
「それはそれとして、ブッシュ・ド・セントノエル、ですか……」
「作り方を知ってるの? キースウッド兄ちゃん」
カロンの問いかけに、キースウッドはゆっくりと首を振り……。
「助っ人を呼んで、作り方も調べないといけないな……。情報統制ができて、料理もできる人間……。確か、ラフィーナさまが聖夜祭の数日前からいらっしゃると聞いていたっけな。ならば力を借りれるか……」
かくて、サンクランド王子の右腕と元風鴉という諜報の凄腕二名によって、極秘裏に特別初等部のパーティー準備は進められていくのだった。
さて、聖夜祭の当日の朝。
ミーアは静かに目を覚ました。
ぼんやーり、と毛布から抜け出し、ベッドを降りたところで、ぶるるっと体を震わせる。
やけに冷えた朝の気配に誘われるように窓まで行けば……。
「おお……雪ですわ」
辺り一面が、白銀に染められていた。どうりで、寒いはずである。
「聖夜祭と言えば雪というイメージではありますけど……」
雪の夜に、無数の灯火が動き回る様は、きっと幻想的で良いものだろうとは思うが……。
「しかしこれ……。生誕祭の氷像がとても立派なものになってしまうのでは……」
皇女ミーアの誕生祭に毎年建てられることが、すっかり恒例行事となりつつある氷像。
昨年は、目が光るというトンデモネェ仕様まで披露されてしまったが……。はたして、使える材料が豊富にある今年は、その創造性がどのように発揮されてしまうのか、想像するだに恐ろしいところである。
「ま、まぁ……それはともかく、ふふふ。なんとなくですけど、聖夜祭はワクワクしてしまいますわね」
っと伸びをしたところで、アンヌが部屋に入ってきた。
着替えて、髪を整えて。それから、颯爽とミーアは部屋を出た。
聖夜祭の当日は、すでに学期末テストも終わっている。授業はもうない。勉学から解放された生徒たちは、みな、晴れやかな顔をしていた。
どこかのベルのように、ギリギリのギリギリを攻める大冒険的テスト勉強をしていない限りは、この年末の時期は勉強と無縁でいられるのだ。大冒険的テスト勉強をしていない限りは……。
ということで、追試対策中のベルのところに行き、しっかり勉強をするように! と訓示を垂れ、それから、アベルとシオンの剣術鍛練を見学、ほわぁ、っと吐息を漏らしつつ、今度は馬術部に顔を出す。いざという時に備えて荒嵐に挨拶をし、ついでに乗馬訓練をして、などと優雅に日中を過ごし……。
時刻は夕刻。
手に手に、木製の簡易なランプを持った生徒たちが聖堂へと向かっていく。
「聖夜祭の儀式は二年ぶりですわね」
ランプを受け取ったところで、
「ミーアさまー!」
声をかけられる。
見るとそこには、ティオーナを筆頭に生徒会の面々が集まっていた。
今年がセントノエルラストイヤーのラーニャ、クロエとティオーナ、リオラも一緒だ。鍛練後に汗を流してきたのか、着替えて、洗髪薬の良い香りをまとったアベル……とシオン。どうやら、従者のキースウッドは別行動らしく姿は見えない。
今日の分のノルマを終えて、いささかげっそりした顔をするベルとシュトリナ、リンシャも同行している。
さらに、オウラニアとその専属メイドのトゥッカも一緒だった。
「妹弟子の雄姿を一番前で見ようと思って、張り切ってきましたー」
などと、鼻息荒く張り切っているオウラニアを見て、ミーアは苦笑いを浮かべる。
「ふふふ、では、せっかくですし、今年はみなで一緒に行きましょうか」
すっかり大所帯になった仲間たちと共に、ミーアは聖堂の中に足を踏み入れた。
聖堂内は、厳かな空気に包みこまれていた。
ふと、前方に目をやれば、来賓席。こちらを振り返っていたラフィーナが、ぶんぶんぶんっと手を振るのが見えた。
可能ならばミーアと一緒に参加したい! ぜひ! と希望していた彼女であったが……さすがにヴェールガの重鎮として自重した(させられた)らしい。
「それにしても、世界を照らす灯……。この各生徒に渡される手持ちの木製ランプをミーア師匠の形にすると、象徴的で意味があるのではー?」
言い出したのは、ガヌドスにミーアを模した灯台を建てることに一切の躊躇のない弟子オウラニアである。そんな弟子の暴走をミーアは軽くいなして……。
「それは、どうなのかしら……あのランプって、最後には焚火にくべてしまうものですし……。そんなに凝った形にする必要はないのではないかしら……?」
なんというか、こう……ちっちゃい自分が大量に火あぶりにされているのを見ているようで、実に複雑な気持ちになりそうである。
――今のところ、断頭台か、毒殺か、狼使いにざっくりやられて、狼にペロリとされるかしかありませんけど、なにかあれば火あぶりルートも開いてしまうかもしれませんし……。油断はできませんわ。
「そう言えば、パティは一緒じゃないんですね、ミーアさま」
尋ねてきたのはシュトリナだった。
「ええ。パティも子どもたちと一緒のほうが落ち着くと思いますし……それに……」
パティの落ち込んだ様子を思い出しながら、ミーアは頷く。
「この時代にいられる内に、たくさんの思い出を作ってもらいたいですわ。わたくしの周りの友人たちとだけでなく、同年代の子どもたちとも」
彼女がいずれ帰る時代、クラウジウス家は、友人が作れる環境ではないのだから……。
「なるほど。そう、ですね……」
それを聞いたシュトリナは、とても神妙な顔をした。もしかすると、いずれ親友と別れなければならない自分の境遇と重ねて考えたのかもしれない。
そうこうしている内に、オルガンの音が響き渡り、聖夜祭の燭火ミサは厳かに幕を開けた。




