第二十八話 サプライズとかどうでしょう!?
ミーアとのスイーツ女子会の後、パティはセントノエルに帰って来た。
校門をくぐったところで……。
「あっ! パティ、やっと見つけた」
ヤナが小走りにやってきた。
「ミーアさまとお出かけだったんですか?」
そう言って、不思議そうにミーアを見上げるヤナ。
「ええ。少し用事がございましたの。それじゃあ、パティ、また後で」
ミーアとアンヌはそそくさと行ってしまい、後にはパティとヤナだけが残される。
先ほどヤナに声をかけずに教室を出てきてしまったから、微妙に気まずい。特に、ヤナがなにか言いたげな顔をしていただけに、余計に……。
けれど……。
――後悔しないために……。それができる間に、したいことをしておく……。
先ほどミーアに言われた言葉に背中を押されるようにして、パティはヤナに話しかけた。
「……なにか、用があったの?」
「え? ああ、そうなんだよ。実はさっきさ……」
そうして、ヤナが話してくれた。聖夜祭の特別初等部のパーティー計画を。
「学園とは別に、特別初等部だけの?」
「もちろん、ミーアさまとか、学園の関係者も招待できると思うんだけど、あたしたちが主体になって準備するみたいなんだ。本当はあたしやパティにもサプライズで、とか考えてたみたいなんだけど、パティだったら、みんなと一緒に飾りつけしたいだろうって思って」
そう言われ、パティは目を瞬かせる。
「……どうしてそう思ったの?」
「いや、なんとなくなんだけど……えっと、もしかして、サプライズのほうがよかった?」
気まずそうに頬をかくヤナに、小さく微笑み返して、パティは首を振る。
「ううん、ありがと。ヤナの言うとおり、私も準備からしたい」
「そか。それならよかった」
ヤナは笑みを浮かべてから、パティの手を取った。
「今から、みんなで飾り付けの相談するんだ。一緒に行こう」
特別初等部の教室では、すでに、準備が進んでいた。
「これで、おへやを飾り付けるの!」
年少組の子どもたちが、飾りを見せてくれる。
「学園で使っていた飾りで古くなった物をもらってきたんだ。あとは、このリースで……」
そう言うローロの前、机の上には枝を丸く結い合わせたものがあった。そこに、みんなで木の実や落ち葉などを使って飾り付けていくのだ。
聖堂の飾りつけなどに比べると、もちろん、粗は目立つけれど、そこには手作りの温もりがあるように思えた。
「パーティーの本番は聖夜祭の翌日なんだけど……んー、去年とまるっきり同じっていうのも面白くないな」
不意にカロンがそんなことを言い出した。
「なにか余興をするか? 子どもたちも退屈するだろうし、ゲームとか?」
「あ、それなら……」
ふと思いついたことがあり、パティが手を挙げる。
「……みんなでケーキを作るのはどう?」
ガヌドス港湾国において、ケーキの飾りつけを経験したパティである。
ケーキを手作りすることだって、可能なのではないか? と考えたのだ。考えて……しまったのだ。
ミーアの先ほどの言葉に背中を押されちゃったのだ!
そして、作るのは、もちろん……。
「ブッシュ・ド・セントノエルをみんなで作るのがいいと思う」
「なんだ、それ?」
カロンがきょとん、と首を傾げる。
「木の形をしたケーキ。すごくおいしかった……」
つい先ほど食べたケーキを思い出す。
落ち込んでいるから、てっきり味なんか全然わからないかと思っていたけど……んなこたぁなかった。
実に、美味しかった。
ちょっぴり堅めで塩気のあるバタークリーム。ふわっふわの雲みたいな生地と薄く練り込まれたあまぁいクリーム。そのすべてが口の中で合わさった時の、あの素晴らしい味……。
落ち込んでいたはずなのに、うっかり微笑んでしまいそうになって、困ったぐらいだった。
だから……。
――きっと、みんなで作って食べたら、もっと美味しいと思う。
美味しいケーキは、みんなで食べたいパティである。
連綿とミーアに繋がる血筋を感じさせる、パティなのである。
「……みんなと作ってみたい」
過去に戻れば、絶対にできないことだからこそ、やりたかった。
「いいんじゃないか? サンドイッチも作ったし、そのぐらいできるだろ」
楽勝、楽勝! と言ったヤナの言葉に、カロンが頷いた。
「パンもケーキも似たようなもんだし」
過去の料理の成功体験が、子どもたちの気持ちを大きくしていた!
反対の声は、一向に上がらない。
「そうだね。みんなで一つの物を作るのは士気も上がって良いかも」
ローロが眼鏡をクイッと上げる。その口調には自信が満ち満ちていた。
「……わかった。それなら早速、ミーアお姉さまにもお声がけして、準備を……きゃっ」
っと、パティは小走りに廊下に出ようとして……そこで、誰かにぶつかる。
危うく後ろに倒れそうになるパティ、その背中を優しく支えて、
「おっと、大丈夫かな? お嬢さん」
恐々、目を開けたパティの目の前、その男は爽やかな笑みを浮かべていた。
黒を基調とした服に身を包んだ男……キースウッドは、パティをしっかり立たせた後、教室内に目をやり、声をかける。
「飾りつけの手伝いをしにきましたよ、ユリウス先生」
「ああ、これはキースウッド殿。助かります」
サンクランド国王に拾われるまでは、戦災孤児として苦渋を舐めていたキースウッドである。似たような境遇の特別初等部の子どもたちを気遣い、時間がある時には、よく顔を出してくれているのだ。
「高いところはどうしても、子どもたちでは難しいので」
「そうですね。落ちたりしたら大変ですから、そこは任せてもらうとして……ところで」
っと、キースウッドはパティたちに目をやった。
「慌てていた様子だけど、なにかあったのかい? 君が慌てるなんて、珍しいこともあるものだが……」
不思議そうにパティに目をやる。っと、後ろからカロンが声を上げた。
「へへ、実はみんなでケーキを作ろうって相談してたんだ、キースウッド兄ちゃん」
その言葉に、ぴくん、っとキースウッドの肩が跳ねる。
「そうなのかい? それは是非聞きたいな……詳しく」
そう微笑んだ彼の顔が、なぜだろう、パティには、少しだけ引きつって見えた。
そうして、全てを聞き終えたキースウッドは、厳かな顔で……。
「……なるほど、なるほ……ど。それは、とても、やっか……とても良いアイデアだね。そういうことならば、どうだろう? 今回はサプライズと言うことで、ミーア姫殿下を驚かせて差し上げる、というのは……」
「サプライズ?」
ヤナが不審げな顔で首を傾げる。そんな小さなご令嬢に、キースウッドは悪戯っぽくウインクして、
「ミーア姫殿下のお手を借りることなく、特別初等部の子どもたちだけでケーキを作るのさ。俺も手伝うし、ユリウス先生ももちろん手伝ってくれるだろうから、みんなでミーア姫殿下を驚かせてやろうじゃないか!」
キースウッドに乗せられて、歓声を上げる子どもたちであった。




