第二十四話 巨大海月、波を作り出そうとして失敗しかけて……
どうやら、納得してくれた様子のクラリッサに、ホッと安堵のため息を吐きつつも……。ミーアは決して油断はしない。
――流れが淀むと、良からぬことを考え出してしまうものですわ! 停滞は心を腐らせるもの、こちらでもある程度サポートして、しっかりと流れを作ってあげる必要がございますわね。
今や世界規模の巨大海月となりつつあるミーアである。その身をぷるんっと震わせ、海面を叩けば、ちょっとした波を起こし、流れを生み出すことだってできるのだ。
「クラリッサお義姉さま、教師陣に関しては、わたくしに心当たりがございますわ」
「本当ですか?」
驚いた顔をするクラリッサにニッコリ笑みを浮かべて、
「ええ。わたくしの友人、エメラルダ・エトワ・グリーンムーンの力を借りるのが良いと思いますわ」
帝国において、教育界に強い影響力を誇るグリーンムーン家である。聖ミーア学園の教師の中にも、何人かはグリーンムーン家の推挙を受けた者がいるし、その影響力は国内に留まらない。
ぜひとも助力を乞うておくべきだろう。というか……そうしないと、たぶん、後でうるさい。
「クラリッサお義姉さまもぜひ一度、お会いになるとよろしいですわ。ふむ、久しぶりですし、お手紙を書いておきましょうか」
ミーア、うんうん、っと頷きつつ、
「あとは、もちろんラフィーナさまにも話を通しておく必要がございますわね。先日、お会いした時に事前にお願いしておいたので、恐らく問題はないかと思いますけど……」
「なるほど、ヴェールガの……中央正教会の公認を得ようということだね」
アベルの言葉を聞いて、クラリッサは驚きの様子を見せる。
「中央正教会の公認をいただければ……それに、聖女ラフィーナのお口添えがあれば……とても心強いですけど……そんなこと、可能なのですか?」
ミーアはしたり顔で頷いてから、
「お願いしてみないとなんとも言えませんけど、恐らくは可能なのではないかしら。上手くすれば箔が付きますから、生徒を集める助けにもなりますし。ヴェールガの協力は、非常に頼りになると思いますわ」
ヴェールガの、そしてラフィーナの威を最大限に活用するつもりのミーアである。
「しかし……タイミングは慎重にしたいところですわね。ヴェールガの後押しを頼りに、強引に押し切るような真似は、やはり避けるべきですわ」
それは、クラリッサが最初にやろうとしたことと同じだ。中央正教会の公認を得た以上、レムノ王国側も認めないわけにはいかないが、かといって最初から公認と高らかに声を上げては、反発が強くなるだろう。
「いずれにせよ、綿密にラフィーナさまと連絡を取っておく必要がございますわ。クラリッサお義姉さまも、後々のことを考えると、ラフィーナさまとの仲を深めておくのがお勧めですわ。エメラルダさんともども、親交を深めておくとよろしいですわ。もしよろしければ、わたくしのほうで手紙を書き送っておきますけれど……」
「わかりました。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
神妙な顔で頷くクラリッサを見て、ミーアは、ふーっとため息を吐く。
――これでなんとか、流れを作れたのではないかしら。エメラルダさんに探していただいた教師候補の選定とか、ラフィーナさまが声明を出すタイミングとか、その辺は、クラリッサお義姉さまにも詰めていただいて……。それで……。
などと考えていた時だった! 不意に……。
「なんだか……私のすることがなくなってしまいそうですね」
「え……?」
ふと見ると……クラリッサが、しょんぼーりと肩を落としていた!
「さすがは、帝国の叡智と呼ばれる方ですね」
それから、寂しげな笑みを浮かべて、見つめてくる。
――あっ! これはまずいですわ!
それを見てミーアは、素早く危機を察する! どうやら、やり過ぎてしまったらしい。
あくまでも、クラリッサに主導させないと、今度はレムノ王国に黄金のナニカが林立してしまうかもしれない。これ以上、その手のことで悩まされたくないミーアである。
――ここでお義姉さまに気落ちしていただくわけにはいきませんわ。きちんと賞賛の矢面に立っていただかねば! わたくしはあくまでも陰に隠れて……できれば表に出ずに過ごしたいところですわ。
ということで、ミーアは全力で励ましにかかる。
「クラリッサお義姉さま、別に……そのように、気を落とされる必要はございませんわ。これはわたくしの力というよりは、ただ人脈に恵まれただけですから」
「励ましていただき、ありがとうございます。でも……レムノ王国の王女として、やはり、力のなさを口惜しく思います。それに、帝国皇女であるミーア姫殿下にそこまでしていただくのが、申し訳なくて……」
その言葉に、ミーア、活路を見出す! すなわち……
「あら、そのように気にされることなどございませんわ。クラリッサお義姉さま。わたくしは、わたくしの幸福のためにしているだけですから」
ミーア、将来の小姑に、渾身の、弟の良妻アピールをする!
あくまでも、将来のアベルの奥さんとして個人的にやってることですよ? 別に帝国の叡智とか、そういうの関係ないから、褒めたたえる像とか必要ありませんよ?
優れた皇女じゃなくって、優れた奥さんだから、本当、黄金のナニカとか全然いらないですよ? レムノ王家ですこぅし味方してくれればいいですよー? っとアピールしつつ。
「ともかく、まだまだすべきことたくさんございますわ。気落ちしている暇などございませんわよ?」
そうして、元気づけるように微笑むのであった。
一日遅れになりましたが、コロナExにてスピンオフ漫画「従者たちのお茶会」が更新されましたので、ご興味のある方はどうぞ! ティオーナとリオラのエピソードですね。