第二十三話 王女の戦い方
「敵味方ではない視点……。女性の地位を向上させた先の関係性……」
思ってみない指摘に、クラリッサは目を見開いた。
――敵……じゃない……。
一連の出来事は、クラリッサにとって衝撃の連続だった。
まず弟、アベルの指摘がショックだった。
自分が、まさか父親のことを打倒すべき敵と見做していたとは……。
まったく意識していなかった。だけど、改めてそう言われると、頷かざるを得なかった。
母を粗雑に扱うのを幾度も見ていた。自身への扱いについてはまだしも、姉、ヴァレンティナを軽んじ、酷い言葉をかけた。
あの才能あふれる姉を認めず無視して、生意気な、と吐き捨てた。
そんな父を、自分は、知らず知らずの内に倒すべき敵と見做していた。
――でも、そんなの……仕方ないではないですか……。
そんな者を愛せるはずもない。当たり前の話だ。
敵として立ち塞がってくれるなら、むしろ、敵として倒せてしまうのだから、ちょうど良い。殴り倒せばスッキリする、とミーアは言っていたが、まさにその通りだろう。
けれど……突きつけられたのは、その先で……。
殴って、屈服させて、その先に何が待つのか? そこには決別があるだけではないか?
個人の関係ならば、それも仕方ないのかもしれない。一家族の問題ならば、悲しくともそういう結末はあり得るだろう。
だが、それが国という単位であるならばどうか……?
女性の地位を向上させた先が、既得権益層である男性を敵として打倒した国の姿であれば、そのようなものに、希望溢れる未来はあるのだろうか?
――視野を広く……。その対立の構造から一歩引いて、俯瞰して見る感じ……。
クラリッサの脳裏に、一つのイメージが浮かぶ。それは、戦場を空高くから俯瞰して見る、鳥のイメージ。
敵味方という、戦いの当事者としてではなく、そこを抜け出して、全体を見るような視点。
勝ち負けでなく、争いという構造自体を変革する……そのような視点が必要なのだと……ミーアは言っているようだった。
――だけど……わかっていても難しいです……。
感情的にはなかなか呑み込みづらい。簡単には、考えはまとまらない。
だけど、とりあえずすべきことは決まっている。
――お父さまたちに気付かれないように、秘密裏に学校設立の準備を進めること……。そして、ドノヴァン宰相に味方になってもらえるよう、具体的なヴィジョンを明示すること……。
敵ではないにしても、こちらの動きを知れば父は妨害してくるだろう。その他の政府の高官も同じことだ。秘密裏に事を進めるのは、必要不可欠だろう。
――奇襲をかけるのと同じぐらいの慎重さが必要ですね。幸いなことに、パライナ祭の準備のためと言えば、当分は誤魔化すことができますから大丈夫だとは思いますけど。パライナ祭の準備も進めながらしないと……。
その時だった。ふと、クラリッサは思った。
――ゲインお兄さまは、なぜ、私にパライナ祭の準備を担当させることに、反対しなかったんでしょうか……?
あの時、反対しようとした父に、むしろ、後押しするようなことを言っていた。
馬鹿にして? それとも、面倒事を押し付けるため? あるいは……。
――私になにか……王女としての仕事をさせようとした、とか……?
もしかしたら、彼には彼で、なにか主張があるのかもしれない。
倒すべき敵ではない。その視点で見れば、見えて来るものがある。
――思えば、ゲインお兄さまは、ヴァレンティナお姉さまに懐いていましたっけ……。
だとすれば、ヴァレンティナのことを、きっと口惜しく思っていたはずである。
そこを上手く突ければ……あるいは……。っと、クラリッサはそこに希望を見出して……。
――ゲインお兄さまも味方に付けられるかもしれません。上手く、敵を切り崩せるかも……。
それは敵軍を減らし、自軍を増やすという発想!
そう、クラリッサは成長しようとしていた! その視座は今まさに、一戦士から一将軍のものへと、グレードアップしようとしていたのだっ! しかしっ!
そこで、クラリッサは慌てて首を振った。
――いえ、そもそもが敵味方という話ではないのでした。
うっかり、どうやって敵軍を切り崩すかに思考がいっているのを自覚して、クラリッサは自らを戒める。
――民の安寧を守る視点。国を作っていく視点……。とても、難しいですね。でも……。これが、王族の戦い方、なのでしょうね……。
王に戦士の視点で挑んではならない。なぜなら、王の首を戦士が刎ねたとて、それは一人の命を終わらせるに過ぎない。何かが終われば、自動的に新しい物が始まるわけではないし、始まった新しい物がより良いものであるとは限らない。
何かを壊したとして、新たに何かが作られ始めるとは限らないし、作られる物が前より良い物とは限らない。
先を見据えず、ただ、今ある悪しき物を破壊するだけ。それは戦士の所業であり、下手をすると暗殺者の所業に過ぎない。
その後に来るのは秩序が破壊された混沌の世界かもしれない。
そうではなく、古い物を壊すのではなく、新しい物と置き換える。もしくは、新しい形へと少しずつ変えていく。
政に剣で立ち向かうのではなく、政には政で立ち向かう。
「それこそが、王女の戦い方……」
クラリッサは、小さくつぶやくのだった。