第二十二話 真面目に仕事をしている人たち
さて、ベルがミーアのアドバイザーとして駆り出されているのと同じ頃、シュトリナは自室にて、イエロームーン家から送られてきた手紙に目を通していた。
父からの「そろそろ帰ってこない?」とか「最近、パパって呼んでくれてないけど、いつでも昔みたいに呼んでいいからね?」的なお手紙に苦笑いを浮かべつつ、本命はそれ以外。イエロームーン家に蓄積された、薬の知識だった。が……。
「ううん、やっぱり、それらしいものはないかな……」
ハンネスに与えられていた薬、それに関する知識があればと思って探してもらっていたのだが、結果は空振り。残念ながら目当てのものはなさそうだった。
「こちらにもなさそうです。あのメイドのバルバラが隠していたとか、そういうことはないんですか?」
そう聞いてきたのは、リンシャだった。
普段は、ベルのお勉強を見るので忙しいリンシャだが、今はフリータイム。ということで、シュトリナの資料調べに付き合っているのだ。
「可能性はあるかもしれないけど……ユリウス先生によると、そんなことはないみたい」
過去のバルバラであれば、重要なことをこっそり隠していたとしても不思議はないが、実の息子であるユリウスが生存していた以上、蛇を庇い立てする理由はもうない。
ただ忘れているだけという可能性もあるかもしれないが……。
「ユリウス先生にお願いされたら、きちんと思い出そうとすると思うし……。それに、もともとは、蛇の知識は統合されづらい。横の繋がりが極めて希薄な集団だから……」
それゆえ、クラウジウス家にある知識がイエロームーン家に共有されていなくても不思議はない。
「だけど、シューベルト家に潜入していたメイドからも目ぼしい情報はなかったみたいだから。あと、考えられるのは、どこだろう?」
シュトリナの士気は非常に高かった。彼女は、水土の薬に、そして、ハンネス・クラウジウスに、一つの可能性を見出していた。
――ハンネスさんの、あの姿……。年齢的にはお父さまより年上のはずなのに、あの若々しさ……。あれってベルちゃんが言ってた、未来のリーナの姿と同じものなんじゃないかな……。
もしもそうならば、シュトリナにとっては他人事ではない。
――ベルちゃんと、将来、心行くまで遊ぶために、なんとしても薬を開発しないと……。
幸い、糸口として『静海の森』が浮上している。あの森になにか薬に使うものが見つかれば……。それこそ、例の生命の木の実が発見されれば……。
――加工の仕方を探るのは、リーナの仕事だ。その研究の過程で、もしかしたら、不老の秘密も見つかるかもしれないし……。
それに加えて、気になっているのはパティのことだった。
――パティは、あの、蛇の支配する世界に帰らなければならない。なんとか、手助けしてあげたいんだけど……。
彼女が帰る先に待ち受けているのは、味方のいない過酷な環境だ。
蛇に支配された環境で過ごす日々、その辛さを熟知するシュトリナである。少しでも、パティの力になりたい、と思うのだ。
なんだったら、いくつか“使えるおクスリ”を見繕って持たせてやろうかとも思っているわけだが……。それはそれとして、今は、やはりハンネスの薬の開発に全力を尽くすべきだろう。
「だけど、やっぱり静海の森の調査で、生命の木の実が見つからないと、どうにもできないかな……」
難しい顔をするシュトリナに、リンシャが言った。
「んー、あの、シュトリナさま、よろしいでしょうか?」
「なにか気付いたことがあるの、リンシャさん?」
きょとりん、と小首を傾げるシュトリナに、リンシャは小さく頷き、
「薬の側からでは、行き詰まってしまいそうですけど……病気の側で調べを進めるのはどうでしょうか?」
「病気の側?」
「そうです。医学的なアプローチと言えばいいでしょうか? ハンネスさまのご病気は、とても珍しいものなんですよね?」
言われて、シュトリナは、ぽかーんっと口を開けて……。
「それは、確かにそうかも……」
盲点であった。
イエロームーン家はもともと、薬効に深い造詣を持つ家だ。
毒だけでなく、さまざまな薬の効果について、膨大な知識を積み上げてきたし、その中には特定の病に効く薬に関するものもある。
しかし、病気に関する知識は、そこまでではない。
毒の使い方や対抗策、楽しくなって口が軽くなるおクスリに、ちょっぴり眠たくなるおクスリ、体が痺れて動けなくなるキノコなどなどなど……。そちらに関する知識はあれど、歴史上、帝国にどのような病気があり、その治療法がどのような物であったのか、ということに関しては専門外なのだ。
「そうか……。ハンネスさんの病と同じような病が過去にあって、そこから回復した症例なんかも探しておけば、万が一、水土の薬が開発できなかった時なんかにも役に立つかもしれない」
シュトリナは、そっと立ち上がる。
「とりあえず、頼りになりそうなのは……」
帝国内であれば、白月宮殿の大図書館に向かうところではあるが、セントノエルではそうもいかない。
それでも、図書館には行くべきなのだろうが、それより先に……。
「まず、タチアナさんに協力をお願いしておくべきかな……。それに、彼女に奨学金を出してるっていう基金にも、なにか情報が集まるかも?」
善は急げ、シュトリナとリンシャは急ぎ部屋を出た。