第十五話 当たり前のことですから……
さて、特別初等部の子どもたちからの報告を聞いたミーアは、よろよろと自室に辿り着き……ぽてん、とベッドの上に倒れ込んだ。
「う……ううむ、わたくしの君主論をパライナ祭で発表するとは……なっ、なんという……」
知らぬ間に、なかなかオソロシイことになっていた魔窟ミーア学園に、ミーアの声が震える。これでは、例の聖人認定論争が再燃してしまうかもしれない。せっかく、上手いこと回避したはずなのに台無しである。
「ミーアさまは、聖ミーア学園の出し物に反対なんですか?」
アンヌの問いかけに、ミーアは苦い顔をする。
「そうですわね。あまり、わたくし個人に焦点を当てるような企画は、どうかと思いますわね。パライナ祭の主旨として、あまり合っていないのではないか、と思いますし……」
「ですが、ミーアさまのような王さまが国を治めれば、民も幸せになれるのではないかと思います。そのお手本を示すことには意味があるんじゃないでしょうか?」
そうなのだ、微妙に理屈としては通ってしまうのが、逆に厄介なところである。
確かにミーアの礼賛のような、一国の王族を賛美する出し物は、パライナ祭に相応しくない。しかし、民の安寧を守る良き統治者のモデルケースを発表するという名目は、恐らく通ってしまうだろう。民のための善政のモデルを示すことで、他国の王族の襟元を正させる、とかなんとか……適当な言い訳が通ってしまうからだ。
――というか、ガルヴ学長がその辺りの理屈付けをサボるとは思いませんし……。ヴェールガでの司教会議の様子を見る限り、むしろ、称賛されてしまうかも……。
ということで、ミーア的には止めるに足る大義名分がないのだ。
――それに、なんだかんだで、グロワールリュンヌは国の次世代を担う貴族の子弟たちの学校ですし。聖ミーア学園の学生たちも、将来的にわたくしが楽をするためには必要な人材。彼らのやる気を削ぐような真似は……しかし、あのFNYミーアランドの惨状を見ると……ううぬ、このまま、彼らのやりたいようにさせてもよろしいのかしら?
というか、そもそもお手本にされるのは、それはそれでサボれなくなってしまうわけで……。ミーアの悩みは非常に深い。
大陸の国々に、帝国のミーア姫殿下って優秀で、割となんでも解決してくれるみたいですよ? などと言う誤解を与えてしまうようなことは、できるだけ回避したいミーアなのである。
ミーアは、しばし考えた後、ベッドから起き上がると、とても生真面目な顔で……。
「アンヌ……そう言ってもらえるのはとても嬉しいですし、光栄なことですわ。けれど、みながわたくしを、特別視し、褒めたたえるようなことはやめていただきたいですわ。わたくしは当たり前のことをしているだけなのですから……」
自分は、あくまでも当然のことをしているだけ……。王侯貴族だったら、このぐらい当然ですよぅ、わたくし以外でも当然、普通に! やらなきゃいけないことなんですよぅ! と力強く強調するミーアである。
そうじゃないと、特別で善良な統治者たる帝国の叡智に、うちの国も治めてもらおうぜ! などと言い出すものがいるかもしれないし……。帝国だけでも面倒なのに、これ以上の責任は負いたくないミーアなのである。
「褒められることも、称えられるようなことも、わたくしはしておりませんわ。まったくもって、ごくごくごく、当たり前のことをしているだけなのですから」
「ミーアさま……」
アンヌが感心したように息を吐いた。それを尻目に、ミーアは考える。
――ともあれ、例の君主論的な企画はもう止められなさそうですわ。となれば、今、アンヌに話したような、あくまでもこれは当たり前のことで、何も特別なことはない、という感じでまとめてもらえればいいのではないかしら……? 当然のことを当然のようにやれば、褒めたたえられることもなし。いえ、あるいは、当たり前のことを当たり前にやるだけなんだから、みんなもやろうよ、と呼びかけるようなものにすれば、かえってわたくしも楽をできるかもしれませんわね……。そんな感じでやってもらえば、なんとか……なる?
そこまで考えたところで、ミーアは再び、ベッドに倒れ込む。
――ううむ、しかし、頭が働きませんわ。セントノエルに来るまでにすっかり消費してしまった感じですわね。ここは、なにか甘い物でも……。ケーキなんかいいですわね。いつかやってみたいと思ってた、五段ケーキを一段増やしてもらって、六段にするという野望を、今こそ叶える時なのかもしれませんわ!
ミーアがいささかイケナイ発想に辿り着きそうになったところで、
「あっ、あの! ミーアさま!」
ナニカを察した……のかはわからないが、アンヌがパッと手を挙げた。
「あら、どうかしましたの? アンヌ……」
「よろしければ、湯浴みをされてはいかがでしょうか?」
「……ふむ、湯浴み?」
こてんっと首を傾げるミーアに、アンヌが続ける。
「お疲れかとも思うのですが……旅の汗を流せば、お体の疲れも取れるんじゃないかと思います」
「ああ、そうですわね。少し早いかと思いましたけど、それがいいかもしれませんわ……」
今、甘い物を食べると、夕食に差しさわりがあるかもしれない。それよりは、お風呂に入って、遅めの昼寝をして、それから夕食。この流れがいいだろう、とミーアは思い直す。
「では、久しぶりのセントノエルのお風呂ですわ。張り切ってまいりますわよ!」
このような忠臣アンヌの機転によって、ミーアの健康は人知れず守られているのであった。