第十四話 報告会
帝国皇女ミーア・ルーナ・ティアムーンは多忙な人である。
勤勉……かどうかは、人によって見解は異なるところだろうが、多忙であることだけは確かなことだった。
ミーア学園訪問からドルファニア観光という盛り沢山なスケジュールを消化したミーアは、夏休みの期間をいささかオーバーしてセントノエルへと帰還を果たした。
季節は秋。どうでもいいことであるが、ストレス発散に最適なキノコ狩りにはちょうど良い時期である。まったくもって、どうでもいいことなのだが……。
さて、島に渡る船を降りた直後、ミーアを待ち受けていたのは、先に、聖ミーア学園から帰還していた特別初等部の子どもたちだった。
「ミーア姫殿下!」
カロンとローロを筆頭に、駆け寄って来た子どもたちは、口々に、あの後、聖ミーア学園であったスバラシイ出来事について話してくれようとしていた。
「ミーアさまへの賛美が止まらなくって……」
「まぁまぁ、みんな、頑張ってきてくれたみたいですわね! ええと、とりあえず、生徒会室でお聞きしましょうか?」
ミーア、あまり周りに聞かさないほうが良さそうな会話だぞぅ、っと察し、とりあえず、場所を移すことにする。
ついでに、午後のオヤツを要望しても自然な時間だったので、抜かりなくアンヌにお願いしつつ、生徒会室に主要メンバーを集めた……までは良かったが……。
「セントノエルとミーア学園の共同企画として、海産物研究所の立ち上げ、並びに、海産物などを用いた緊急時の食料供給体制の構築モデルを発表することは、すでにご存じかと思いますが……」
代表して話してくれたのは、ローロだった。軽く眼鏡を押し上げつつ説明するローロに、思わず、クソメガネみを感じてしまうミーアである。
「そちらの準備は滞りなく進んでいるみたいです。と言っても、どちらかと言うと、そちらは、ガヌドスに派遣されたセントノエルの研究員が主であり、聖ミーア学園はサポートというみたいですけど……」
パライナ祭の一番の目玉は、まさに海産物研究所である。
飢饉の際、民に食料を供給することを重視する、と……各国に対して強くメッセージを発信すること。それが第一の目的だ。
なので、別に聖ミーア学園がサポートに回っていることに関しては、なんの文句もなし。むしろ、自分の名前がついた学園が目立つことは、あまり嬉しくないミーアである。のだが……。
「それはとても大切な仕事なので当然するとして、それとは別に、グロワールリュンヌ学園と聖ミーア学園共同で、帝国の企画展示をするのがどうか、という意見が出まして……」
「……それとは、別に……?」
不穏な流れに、ミーア、思わず眉をひそめる。
まぁでも、この流れからするとなにか食べ物系の企画展示かなぁ? とか、深海魚を使った実食コーナーとかの展示かなぁ? などと思っていたミーアであるが……。
「帝国の叡智式君主論の実践というテーマで、ミーアさまの功績を各国の前で明らかにするというアイデアを基本線として準備を進めていく予定です」
思わずひっくり返りそうになる。
それから……おもむろに紅茶のカップに手を伸ばして、そっと一口。気持ちを落ち着けるべく、もう一口。ミルクの味をゆっくり味わいつつ、さらにもう一口……。
駆けつけ三杯のミルクティーを飲み干し、ミーアは改めて考える。
――いや……いやいやいや、確かに、帝国の栄光を大陸中に示せ! とか言った記憶はございますけどっ!?
なにか、ノリでそんなようなことを言った記憶は確かにあった。しかし、それはあくまでも、海産物研究所に準じたものであったはずで……。
――は、話の流れ的に言えば、食料供給に関する企画ではありませんの? せいぜいミーア二号小麦の話とか、小麦の輸入供給に関するお話しとか……? その辺りのことだけではありませんの……? なぜ、君主論などと言う話に……?
訳が分からな過ぎて、ミーアは、混乱した!
「俺たちも、ミーアさまが発案された特別初等部の生徒として、発表に協力する予定です!」
カロンが続き、年少組の女の子たちも、うんうん、っと頷く。
みんな、やる気に満ちた、キラキラ輝く顔をしていた。
純粋無垢な子どもたちの笑顔のあまりのまぶしさに、軽く仰け反りつつ……。
「……そっ、それは素晴らしいですわ。ぜひ、ミーア学園の者たちに協力していただきたいですわ。ところで、そのようなアイデアはどなたが?」
「ドミニク・ベルマンさまです!」
可愛らしい声で答えてくれたのは、年少組の少女だった。胸を張って、誇らしげな顔をしている。
ちなみに、彼女は、聖ミーア学園でドミニクにかばってもらった少女だったりするのだが、まぁ、それはどうでもいい話である。どうでもいい淡いナニカの話である。
「そう……ドミニクさんが……」
聖ミーア学園きってのアイデアマン、ドミニクの面目躍如と言えるだろうが……。
お、おのれ、ドミニク・ベルマン。許すまじ……。などと、震える拳を握りしめつつ、ミーアはニッコリ笑みを浮かべて。
「それで、その……準備のほうは順調そうでしたかしら?」
ミーア学園とグロワールリュンヌは、言ってしまえば水と油。両者が上手く準備を進めていけるとは限らないわけで……。最悪、破綻してしまっても、まぁ、そちらの企画に関しては何も問題ないのだが……。
そんなミーアの心配をかき消すかのように……。
「双方が、それぞれの視点からアイデアを出し合い、お互いを高めていく。これが心を一つにして話し合うことの力か、と思いました」
どこか感動した口調で、ローロが答えた。その眼鏡を見て、それから、同じようにやる気に満ち満ちた顔をするカロンを、年少組の子どもたちを見て……ミーアは遠い目をした。
――ああ、この子たちも……染められてしまったのですわね……。というか、これって、セントノエルの特別初等部やグロワールリュンヌの者たちが、聖ミーア学園の生徒に染められつつあるという……とても危険な状態なんじゃ……。
思わず頭を抱えたくなるミーアである。
それから、深々とため息。改めて、子どもたちに目を向け、そこで唐突に思い出した。
「あ、そういえば、ローロは、レムノ王国の出身だったかしら?」
「? はい、そうですが……なぜですか?」
不思議そうに首を傾げるローロに、ミーアは思わず考えこむ。
――クラリッサ姫殿下の協力者として、将来的にローロを送り込むのは、ありかしら……?
彼が、クソメガネ・ルードヴィッヒほどではないにしても、優秀な文官に育ってくれれば、レムノ王国でクラリッサの助けになってくれるかもしれない。
アベルがティアムーンに来てしまう以上、クラリッサのサポート役は必要なわけで……。
「行く行くは出身国のレムノ王国に戻ろうと考えておりますの?」
何の気なしに問えば、彼は軽く目を見開いて……、
「それは……まだ、わかりません。できれば、ミーアさまのお力になれれば、と思っていたのですが……」
と、ちょっぴり悲しそうな声で言った。
「ああ、勘違いしないでいただきたいのですけど……。別に帝国で働きたいというのであれば、協力をすることはできますわ。ただ、あなたにとっての母国はレムノ王国だから、帰りたいのかな、と思っただけのことですわ」
軽くフォローを入れつつ、ミーアは考える。
――ふむ、まぁ……よくよく考えれば、レムノ王国に、あの聖ミーア学園の影響を受けてしまった子を送り込むのは不安と言えば不安ですわ。しかし、帝国の中に、彼のような文官が増えていくのも……。魔窟が帝国中に広がってしまいそうな、嫌な予感が……。
ぶるるっと体を震わせつつ、ミーアは思わざるを得なかった。
――ローロのような子どもたちをどうするのがベストか……なかなか悩ましい問題ですわね。
分散させて、礼賛の空気が濃くならないようにするのが良いのか、それとも、一か所に集めて、被害が広がらないようにするべきなのか……。
ルードヴィッヒには相談できない問題に、漠然とした不安を覚えるミーアである。