第百三十六話 ミーア姫、悟りを開く
「しかし……サンクランドの間諜、風鴉だったか。我が国の王家の、ずいぶん深いところまで潜り込んでいるようだな」
ふと思い出したような口調で、アベルが言った。
「いったい誰なのやら……」
「ああ、知らせてくれたのはメイドのモニカ・ブエンティアだ」
「ちょっ、シオン殿下、それはっ……!」
驚いたキースウッドが止めようとするが、シオンは首を振って答える。
「いいんだ。風鴉は全員国に引きあげさせる。そのように父上に提案するつもりだ」
そう言われてしまうと、キースウッドとしては何も言えない。
それに、恐らくそれはシオンの提案の有無に関係なく、なされることでもあるだろう。
現状、サンクランドにしろ、レムノにしろ全面戦争などという事態は避けたいのだ。
レムノの側は戦力的な面から、サンクランドの側は外聞的な理由で。
そうなれば、極秘裏に会談が開かれることになり、恐らく賠償金などの形で解決が図られることになるのだろう。
その会談に先立って、レムノ側が風鴉の国外退去、自国内の諜報網の一掃をサンクランドに求めるのは、想像に難くない。
直接、陰謀に加担した者に、どのような処罰が下されるかは外交交渉次第だろうが……。
「それに、アベル王子であれば、彼女をどうこうしようとも思わないだろう?」
「ああ、それは信用してもらおう。しかし、モニカ……。そうか……、彼女が……」
アベルは、先日顔を合わせたメイドの顔を思い出した。
――ミーア姫の言いようではないが、彼女にはあまり厳罰を科してもらいたくはないな……。となると……。
アベルは苦笑しつつ、ミーアの方を見た。
「ミーア姫、すまないが君の家臣の、あの男を一緒に連れて行っても構わないだろうか?」
「……へ?」
きょとん、と首を傾げるミーアに、アベルは肩をすくめた。
「本来はベルナルドに行ってもらうのが筋なんだろうが、彼はどうも融通が利かなくってね。できればまだ、サンクランドがこの件に関わっていたとは教えたくないんだ」
「ああ、そうなんですのね。まぁ……嫌とは言わないと思いますけれど……」
ミーアは微妙に気が進まない顔で、ディオンのもとに向かった。
「まぁ、姫殿下が行くというのなら、僕が行かないわけにはいかないよね」
ディオンは肩をすくめて、やれやれ、と首を振った。
――ああ、これ……わたくしも当然のごとく一緒に行くことになってるんですのね。ええ、ええ、知ってましたわ。
ミーアは悟りきった瞳で、ふぅーっとため息を吐いた。
結局、宰相ダサエフ・ドノヴァン救出に向かうのは、二人の王子とキースウッド、ディオン、さらにミーアとアンヌというメンバーになった。
ルードヴィッヒはランベールのもとに行き、ドノヴァン伯が返された場合には、即時、反乱軍を解散させるように交渉することになり、多少は剣の腕に覚えのあるティオーナもルードヴィッヒに同行することになった。
王子自らが現場に行くことには異論も上がったが、最終的にはこれ以外のメンバーを出すことができなかったのだ。
レムノ王国軍の兵士を入れることは、ランベールら地下革命派「蒼巾党」のメンバーが警戒して許さなかった。
といって、その革命派から兵を捻出することも、実力と信用という二つの理由からできない。
結果として、現在動ける中で、最も頼りになるのがミーアたちということになってしまったのだ。
――正直、僕だけでもいいぐらいだけど……まぁ、何かあったら、姫さんとお付きのメイドちゃんだけ守ればいいかなぁ。姫さんのお気に入りの王子殿下は、まぁ、自分で戦ってもらうとして……。
モニカからもたらされた情報によれば、監禁場所にいる敵は多くない。
戦闘訓練を受けた諜報員、風鴉が数名とジェムがいるのみだという。
少なくともその三倍はいないと面白くないなぁ、などと不穏なことを思ってしまうディオンであったが、今回はミーアが同行するということで、少しばかり気を引き締めておく。
「しかし戦闘に関しては特に心配してないけど……実際のところ、どうなのかな……?」
別れ際、ディオンはルードヴィッヒに尋ねた。
「なんのことだ?」
「敵を全滅させろってんならわかるんだけどさ、ダサエフ宰相を生きて取り返せってのはどうなのかね。どうも、僕には、この段階まで生かしておくとは思えないんだけど」
ダサエフ・ドノヴァンは、あくまでも民衆を蜂起させるきっかけに過ぎない。
生かしておく意味は、あまりないように思えるのだが……。
「なるほど……。しかし、ないことでもない、と俺は思ってる」
ルードヴィッヒの返答に、ディオンは意外そうな顔をした。
「そうなのかい。それは、また、どうして……?」
「ミーアさまに聞いたんだが……、革命派の主導者は口が上手い軽そうな男、だということだ」
その答えに首を傾げるディオンだったが、すぐに納得の声を上げた。
「ああ、そういうことか……。なるほど、生かしておく理由がないわけじゃないということだね。まぁ、なんにせよ、姫さんは僕の命に代えても守るから、おたくの方はきちんと革命派の連中を抑えといてくれ」
ひらひらと手を振って、ディオンは踵を返した。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
レムノ王国が片付くまで毎日投稿でいきます。あと数話の予定なので……。