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第十四話 かんざしの秘密

 狭い入り組んだ路地裏に、目的の場所はあった。

 小さな、傾きかけの教会。広い庭からは、子どもたちの元気な声が聞こえてくる。

 先ほどの子どもをシスターに預けた後、ルードヴィッヒは教会を改めて眺めた。

「病人の手当てができるのは、ここだけか……」

 教会は質素で、併設された孤児院を入れても、そうたくさんの人が入れるわけではない。ここで、この辺り一帯の病人の手当てと食事の配給を(まかな)うのは、とても不可能だ。

 ――実際に見てみなければわからなかったけど、確かにミーア姫殿下の言う通りだ。この辺りで疫病(えきびょう)が流行る可能性は、かなり高い。

 考えこむルードヴィッヒ。

 一方、ミーアは教会を任されている神父と交流を図っていた。

 別に、彼女が特別に信仰厚い人というわけではない。国をまたいだ組織である教会にコネを作っておけば、いざという時、亡命の助けになるだろうという打算である。

 どんな時でも、“自分ファースト”なミーアである。

「神父様、このたびの病人の受け入れ、感謝いたしますわ」

「いえ、我々は神に仕える者として当然のことをしているまでのこと。それより、姫殿下にこのような場所にまで足を運んでいただき、恐縮です」

「大したことではありませんわ。だって、この場所もわたくしの愛する国の中ではございませんの。ところで、神父様、あなた、外国にお友だちは……」

 などとアピールに余念のないミーアである。

「ミーア姫殿下……」

 その時だった。ルードヴィッヒが声をかけてきた。

「あら、ルードヴィッヒ、もう時間ですの?」

「いえ、姫殿下のお考え、よくわかりました」

 それを聞き、ミーアは満足げに頷いた。

「そう。それはなによりですわ。さすがはルードヴィッヒですわね。それで、新月地区で流行り病が起こらないようにするには、どうすればよろしいですの?」

「……疫病を防ぐ方法は二つ。食糧を行き渡らせて住民に体力をつけさせること。そして、医療機関を充実させることです」

 口に出して、ルードヴィッヒは改めて、その困難を実感する。

 彼がここ最近やっていた仕事は”支出を減らすこと”だ。

 帝国の財政を健全化させるためには、収入を増やすか、支出を減らすかの二つに一つ。

 収入は簡単に増えたりはしないから、必然的に無駄遣いを減らしていくことが主な職務となっていた。

 けれど、食糧を配給するのにも、病院を作るのにも、莫大(ばくだい)なお金がかかる。

 その状況を維持していくだけで、どれだけのお金が必要か、そもそもそんなお金を本当に用意できるのか、ルードヴィッヒには見当もつかなかった。

 例え、ミーアが姫としての権威を振るったとしても、不可能なのではないだろうか。

 なにしろ、彼女はまだ幼い少女なのだから。

 だというのに……、

「ということは、お金が必要ですのね……。なるほど」

 ミーアは小さく頷き、なにかを考えるかのように腕組みをして、

「では……、そうですわね、これを売れば少しは足りるかしら?」

 おもむろに、髪につけていたかんざしを外した。

「……は?」

 大きな赤い宝玉のついたそれは、つい先日、名だたる大商人が献上してきた品だった。

「ミーア様、それは!? お気に入りのものではないですか!」

 アンヌが驚きの声を上げた。

 けれど、ミーアは小さく首を振り、

「べつに、構いませんわ。いかに大切なものであろうと、力の限り握りしめていても、なくなる時にはなくなるし、壊れる時には壊れるもの。ならば、せいぜい、意味のある使い方をすべきですもの」

「ミーア姫殿下……」

 ルードヴィッヒは、冷静な彼にしては珍しく大変感動した。

 文字通り、ミーアが聖女に見えた。

 もちろん、錯覚である。

 ご承知のとおり、ミーアは聖女でもなんでもない。だから彼女が「売ってしまえ!」と言ったのにはきちんと理由がある。

 その理由とは……、

 ――あんな連中に奪われるぐらいなら、さっさと売ってしまった方がマシですわ。

 そう、そのかんざし、何を隠そう、彼女が革命軍に捕らえられた時に奪われてしまうものなのだ。

 しかも、粗野で乱暴なひげ面の男に、である……まぁ、イケメンの爽やかな男になら奪われても構わない、というものでもないわけだが。

 ――あんな奴の物になるなら、自分から手放して、わたくしのために使った方がいいですわ。

 どこまでも打算的なミーアである。

 けれどそんな事情など、当然、ルードヴィッヒは知らない。

「ミーア様のお気持ち、しっかりと承りました。このルードヴィッヒ、賜りましたこの宝、最善に活用させていただきます」

 例え、かんざしを売ったところで、必要な額にはとても足りない。

 けれど、ルードヴィッヒには、あえてかんざしを差し出したミーアの意図がわかっていた。


 翌日から、ルードヴィッヒは、貧民街のためにミーアが大事な宝物を人々のために差し出したことを大々的に喧伝(けんでん)して回った。

 幼き姫が示した最上位の慈悲。

 民衆は慈悲深きミーアの行ないに驚き、貴族たちは、自分たちもお金を出さないわけにはいかなくなってしまったのだった。

 こうして、二十日後、新月地区に大きな病院が建設されることが決まったのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 謎の主人公補正。 何故、前世でもこれが発動しなかったのか? おバカだけど、首を刎ねられる大罪人には、とても思えないんだが……。
[一言] 意図せず下の者の行いは上から、が実現してるw
[一言] 面白い
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