第十二話 夢のような時間は終わり……
夢のような時間は、飛ぶように過ぎていった。
誰にとっての夢か……? もちろん、聖女ラフィーナにとってである!
大親友ミーアを家族に紹介し、自宅にお招きした。司教たちの前でお披露目もした。
神聖図書館でお泊り会をした。お茶会をし、笑みを交わし合った。
実に……実に! 楽しかったっ!!
まさか卒業後に、こんな楽しいイベントが待っているとは思ってもみなかったのだ!
……けれど、夢はいつか覚めるもの……。
ミーアがドルファニアを発ち、セントノエルへと帰還する日が近づいていた。
その夜、ミーアを筆頭としたご令嬢勢はラフィーナの部屋に集まっていた。
ドルファニアに滞在している間に、何度か開催されていたパジャマパーティーが開催されたのだ。
ちなみに年少組男子のキリルは別部屋で寝ているが、パティとヤナは参加している。アンヌとリンシャという従者勢も、すっかり寝間着に着替えて参加している。
「ああ、こうしてラフィーナさまのお部屋でのんびりお茶を飲むのも今日が最後ですわね。なんだか、名残惜しいですわ」
つぶやきつつ、ミーアはラフィーナの寝室を眺めた。
割と質素な部屋だった。
置かれたベッドは、セントノエルの寮にあるのと大して変わりない。さほど大きくもなければ豪勢でもない。
そして、ベッドの近くの壁には驚いたことに、ラフィーナの肖像画がでーん! っと飾られていた。
はじめてこの部屋を訪れて、それを見つけた時のこと、ミーアは……。
「あら、肖像画をご自分のお部屋にも……」
思わずつぶやいていた。それを聞きつけたラフィーナは、
「あっ、ええと……その、お父さまと、画家の手前、飾らないわけにはいかなくって……」
などと目を逸らしたのだが……。
ちなみに、その肖像画……ラフィーナだけでなく、隣にミーアも描かれていた。二人で並んで、朗らかな笑みを浮かべる肖像画だった。お友だちと一緒の肖像画だった!
肖像画を送ってくれた父の手前、また、一生懸命絵を描いてくれた画家の手前、飾らざるを得なかった! と強硬に主張するラフィーナである。まぁ、どうでもいいのだが……。
「ミーアさん、どうだったかしら、ドルファニアは。気に入っていただけて?」
ほんやり部屋の中を眺めていたミーアに、ラフィーナが問いかけてくる。一瞬、答えを考えたミーアは、深々と頷いた。
「ええ、とても。居心地の良い町で、わたくし、とても気に入りましたわ」
その答えに、ラフィーナはパンッと手を打った。
「それは、なによりだわ。うふふ、気に入っていただけたならとても嬉しいわ」
「それに、ヴェールガ公……オルレアンさまとルーツィエさまにも、大変、お世話になりましたわ。お二方とも、とても良い方ですわね。わたくしを家族のように思うと言っていただけて、嬉しかったですわ」
「まさか、あんなことを言い出すなんて、私も思ってなかったわ。でも……それはとても素敵なことかもしれないわ。仮に離れていても、家族として繋がっていると信じられるなら寂しくないから……少しは、だけど……」
切なげなため息を吐き、とってーも寂しそうな雰囲気を出しているラフィーナである。
ちなみに……、まぁ、これもどうでもいいことなのだが、パライナ祭と世界会議の準備のために、近いうちにセントノエルに行く予定のあるラフィーナである。
ついでに、冬のミーア誕生祭にも参加予定のあるラフィーナである。
……まぁ、だからどうしたということもないのだが……。
「それに、私も妹が欲しいと思っていたから」
冗談めかして、ラフィーナは笑った。
「あら、ラフィーナさまがお姉さまになってくださるんですの? ふふふ、それも楽しそうですわね」
ミーアも笑みを浮かべる。けれど、すぐに表情を引き締めて、
「お義姉さまと言えば、クラリッサ姫殿下のことなのですけど……これから、レムノ王国のことについて、ラフィーナさまにも力をお借りすることがあるかもしれませんわ」
そうして、ミーアはクラリッサから受けた要請の話をする。
「レムノ王国……。そう……かの国で、王女の主導による改革をしようと……」
「そのとおりですわ。アベルとも話しましたけど、そうすることに意味がある、とアベルは考えているみたいで……」
ミーアの言葉を聞いたラフィーナは難しい顔をして顎に手を当てる。
「神聖典には、国家の形に関する細かい規定は存在しない。だから、すべての国がヴェールガのようであれ、という話にはならないし、治める民ごとに、多様な形があっても良いとは思う。けれど、その多様性には原則がある……。民を安んじて治めること……。そのために、王の権能が与えられているのであれば、それに逆らうようなことは許されない」
それから、ラフィーナは顔を上げる。
「レムノ王国の、女性を軽んじ虐げるような風潮は、神聖典の許容する国の形を逸脱しているように私には見えるわ。だから、もしもレムノ王国内で改革の必要性が叫ばれるようになったら、私は協力を惜しまないつもりよ」
そう言ってくれると思ってはいたものの、ミーアはホッと安堵のため息を吐いた。それから、なにかに思いついた様子でニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべてから……。
「うふふ、頼りにしてますわ。ラフィーナお姉さま」
お道化た口調でそう言うと、ラフィーナは……なぜだろう……ポカーンと口を開けてから、ほぁあ……っと息を漏らすのであった。