第十話 いけしゃあしゃあ
「ミーア姫殿下、なにか問題が……?」
部屋に戻った直後、不安げに尋ねてくるクラリッサに、あえてミーアは優しい笑みを浮かべてみせる。
「いえ、なんでもありませんわ、クラリッサお義姉さま」
一気に距離を詰める!
そうなのだ、よくよく考えてみれば、もともとはクラリッサを味方につけ、親睦を図る方針だったのだ。彼女の頼みを断らないと決めた以上、むしろ、距離は縮めて親しげに振る舞っておくことこそが肝要。
――ふむ、そう考えると、なにやら気持ちが楽になりましたわね。むしろスッキリした感じすらいたしますわ。
晴れ晴れとした気分で、ミーアは話を戻す。
「それで、レムノ王国の女性たちが置かれた状況をなんとかしたい、と……そういうことでしたわね?」
「はい。ですが、やはり難しかったのではないかとミーア姫殿下のお言葉を聞いて、考えさせられました。やはり無茶だったと……」
しゅーんと肩を落とすクラリッサの言葉に、ミーア、内心で慌てだす!
――あっ、まずいですわ! 先ほどまで諫める方向で話を進めていたんでしたわ!
すっかり、先ほどまでの自分の振る舞いを忘れていたミーアは心の中では慌てに慌てつつも、決してそれを表に出さぬよう、穏やかな笑みを一切崩さず、ゆっくりと首を振る。
「いいえ、それは誤解というものですわ。わたくし、先ほどお聞きした時から、すでに決めておりましたのよ? クラリッサお義姉さまに、全面的に協力すると……!」
いけしゃあしゃあと言い切った!
やめといたほうがいいんじゃないかなぁ? 忖度してくれないかなぁ? などと、思っていた過去は、ブンブン腕を回して、ひょーいっと記憶の彼方に放り投げてしまうミーアである。
「え? ですが……」
「クラリッサお義姉さまのなさりたいことは間違いではありません。それを止めるなど、わたくしには思いもよらぬこと。ええ、もーちろん、協力は惜しみませんわ!」
「でも、先ほどは……」
っと怪訝そうな顔をするクラリッサに、ミーアはゆっくり首を振りつつ、考える!
――先ほどは、確か王族だけで強引に進めてしまうのはどうなのか、という感じでしたわね。強引にやるのはよろしくないのではないか、と……。そんな感じのことを適当に言っていたはず。とすると……ふむっ!
ミーアは、すぐさま次の一手を打つことにする。
幸いにも、それはすぐに思いつくことができた。なにしろ、それはミーアの得意技なので、すなわち……。
「わたくしは、クラリッサお義姉さまとアベル、お二人だけでそのようなことを進めることに懸念を示しただけですわ! クラリッサお義姉さまのなさろうとしていることには、多くの賛同者が必要ではないかしら? と」
そう、責任の分散である!
そもそも、なぜレムノ国王の怒りがアベルに向いたのか? それはもちろん、彼がクラリッサを味方したからであるが、その怒りが集中したことも問題だったのだ。
――アベルと共に、国王の怒りを受け止めてくれる方がいるとよろしいですわね……。そうすれば勘当まではいかないかもしれませんわ……。どなたか、ちょうど良い方がいれば……。
「賛同者、か……。それは君以外の、ということかい?」
アベルの問いかけに、ミーアは頷いてみせる。
「ええ。わたくしやラフィーナさまは賛同者となれますし、シオンあたりも援護してくれるとは思いますけど……そうではなく、レムノ王国内にも賛同者が必要なのではないかしら?」
「なるほど、確かにそうだが、誰が味方をしてくれるだろうか……」
アベルが難しい顔で腕組みする。クラリッサも、困り顔でうつむいていた。あまり、あてがなさそうだったが……。
「ふぅむ、そうですわね……」
ミーアにしても、アテがあるわけではない。というか、そもそもレムノ王国内に、ほとんど面識のある者はいない。
ポッタッキアーリ候と、以前、助けてもらった猟師。あとは……。
「……ダサエフ・ドノヴァン宰相、はいかがかしら?」
思いついた名を、そのまま口にする。
アベルが、ビックリした顔で見つめてきた。
「ドノヴァン伯か……。確かに、彼の人柄を考えると……。民のために父上を諫められる胆力の持ち主ではある、か」
「そうですね。宰相閣下に後ろ盾になっていただければ心強いと思います」
クラリッサも感心した様子で頷く。
――ふむ、我ながらこれは妙案かもしれませんわ。
ミーアも内心で、自画自賛する。
なにしろ、彼は、聖女ラフィーナも認める良識的人物である。
革命事件の際には、まさかあの人がそんなことを……みたいな反応をしていたし、きっと常識的かつ理性的な人物に違いない。
――クラリッサ姫殿下が無茶をしそうな時には諫めてくれるかもしれませんし、レムノの重鎮らしいから、アベルと責任を分かち合うこともできそうですわ……。我ながら、素晴らしい人選ですわ!
快哉を叫びつつも、ミーアは澄まし顔で頷く。
「パライナ祭と世界会議での方針表明の前に、ドノヴァン伯を味方につけること、これが必要不可欠と考えますわ」
それから、ミーアは、チラリ、と入口のところに立つベルに目を向けた。
目が合うとベルは、ニッコリと笑みを受けてグイっと親指を立てた。
どうやら、悪くない選択肢だったらしい。
ミーアは内心で、ほぅっとため息を吐くのだった。