第九話 なんかグレードアップしちゃった!
「ミーア姫殿下……お願いいたします。レムノ王国のために、ご協力をいただけないでしょうか?」
深々と頭を下げるクラリッサに、ミーアは思わず、ぐむ、っと唸る。
――来ましたわね……。ここは快く協力してクラリッサ姫殿下を味方につけておきたいところですけれど……。しかし、やはり、アベルを勘当させるわけにはいきませんし、クラリッサお義姉さまには、少し控えていただいて……穏便にしていただくのがベスト。ここはやはり、味方が少ないことを強調してお諫めすべきですわ。
微妙にチクチク良心が痛むも、それを紅茶で飲み下し、ついでにクッキーを、と皿の上を見ると、すでに、そこには……なかった!
一抹の寂しさを覚えつつも、ミーアはクラリッサのほうに目を向けて……。
「クラリッサお……うじょ殿下……。わたくしはこう思いますわ。王族だけでは、真の意味では、国は動かないと……」
「え……?」
意外なことを言われたとばかりに、クラリッサは目を瞬かせる。
「確かに我ら王に連なる者は、時に決断を迫られる。善きことのために、強引さが求められることもあるでしょう。なるほど、それは、時には必要なことなのかもしれませんわ。けれど、常にそうかと言われれば、そんなこともない。それはあくまでも非常時のやり方。その強引さを前面に押し出していくことが果たして最善であるのかどうかは、いつも考えなければなりませんわ」
ここは、もうちょっと穏便に行かない? パライナ祭はさ、その……もう少しレムノ国王の怒りを買わない方向でどう? という思いを全力で込めて、ミーアはクラリッサを見つめる。
それから、さらに言葉を紡ごうとした……まさにその時だったっ!
「ミーアおば……お姉さまっ! 大変ですっ!」
ばばーん! っとドアを開け、ベルが駆け込んできた。
「ベル……そのような、令嬢にあるまじき……」
なぁんてミーアが苦言を呈する前に、とととっと駆け寄って来て、シュシュっとミーアの耳元に口を寄せる。流れるようなメッセンジャー仕草に、熟練メッセンジャーを自認するミーアも思わず瞠目してしまう。
ベルはそのままひそめた声で……。
「アベルお祖父さまの勘当の、グレードが上がりました」
「なっ、ぐっ、グレードが上がった……?」
なんだ、勘当のグレードって……? と素朴な疑問が浮かぶも、とりあえずヤバそうだというニュアンスを読み取り……。
「失礼。少々、席を外しますわ」
そう言って、一度、部屋を退室。それから改めて事情を聞く。っと、
「これ、下手すると、ボクが生まれなくなってしまうかもしれません」
「んなっ!?」
ミーア、口をあんぐーりと開ける。それは、ドアをばばーんっと開けたベルと同程度には、はしたない表情ではあったが……。そんなことに構ってなどいられない!
「ということは、もしやアベルと結婚することができなくなる可能性が……?」
「はい……というかですね、下手をするとアベルお祖父さまが処刑される可能性も出て来てます! 勘当どころか、地下牢に囚われてしまうみたいで……。ミーアお祖母さまたちが頑張って助け出したみたいですけど、ルードヴィッヒ先生の夢の中では助けられなかったこともあったみたいで……」
ルードヴィッヒの日記は、現実の世界だけでなく、彼の見た夢に関しても詳しく書かれている。夢が、消えた世界の記憶であるという彼の推測に基づくならば、アベルを助けられなかった世界の消失を意味する。けれど、ならば一安心……とはいかない。
「助けられなかった可能性が完全に消えてしまうわけではない。夢になった世界とは少しだけ異なる世界は、まだ可能性が残っているかもしれない。むしろ、夢に現れた時点で危険……」
ベルは指をふりふり、したり顔で言った後……、
「って、ルードヴィッヒ先生が書いてます」
ルードヴィッヒの言葉を丸パクした様子のベルであるが……ツッコミを入れる余裕など、当然ない。
「まっ、まっ、まっ、まずいですわっ! それは絶対回避しなければ……!」
ミーア、大いに慌てる。いったい何が起きたのか、素早く脳みそを回転させる。先ほど貯蔵したばかりのクッキー貯金が、利子がつく間もなく目減りしていく。良いことである。
――これは、わたくしがクラリッサお義姉さまに協力しないと、味方がアベル一人になってしまうから、そのようになってしまうということかしら? 罰が集中してしまうと? あるいは、わたくしの後ろ盾があれば投獄まではいかないとか、そういう力関係が働いているのかしら?
答えは容易には出ない。しかし、とりあえずすべきことは決まっている。
「勘当か、投獄と処刑の可能性かであれば、選ぶべきは一つしかない。勘当・生存のルートをとりあえず確保しつつ、その上で、アベルが勘当されない道を探るほかございませんわ!」
ミーアの決断は早かった。
「そうと決まれば善は急げですわ。ベルも一緒に行きますわよ!」
「わかりました。ミーアお祖母さま!」
任せてください! とばかりにドンッと胸を叩くベルに心強さを覚えるミーアである。
ベルに心強さを覚える時点で、かなり追い込まれているのでは……? などと考える余裕もないほど、ミーアは追い込まれていたのであった。