第八話 ミーア姫、とても頭を使う。結果……
「朝からすまない。ミーア」
「お時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
アベルとクラリッサの挨拶に穏やかな笑みで応えてから、
「いえ、クラリッサお……姫殿下のご要請とあれば、そんなの、なにほどのこともございませんわ」
一瞬、お義姉さまと言いかけるも、ミーア、間合いを取る。
そう、今回のミーアはクラリッサを諫める立場。大人しくしておいてもらわないと、アベルが勘当の危機なのである。
――しかし、かといって気軽に辞めときなさいな、などとも言えませんし……。あまりご機嫌を損ねない感じで諫めるのがベストですわね。
今や、大陸でも有数の権威を手中におさめつつあるミーアである。
ヴェールガからのお墨付きももらった。サンクランドのエイブラム王との関係も良好。ペルージャンや騎馬王国との付き合いも悪くない。権勢という点で言えば、ミーアは何物をも恐れる必要のないところまで上り詰めてきてしまっている。
まぁ、そこに驕ってしまうと、いつでもギロちんが走り寄ってくるので、油断は禁物だが、ともかく、今のミーアはレムノ王国王女の権勢を恐れる必要はまるでないのだ。
そんなミーアが唯一、最も恐れるべきものこそが……そう、フィジカルである。
――あのジーナさんを叩きのめした技……。あれは、見事でしたわ。クラリッサお義姉さまは、かなりお強い方とお見受けしましたわ。ディオンさんと戦えば、さすがに勝てないでしょうけど……。
そもそも、姫君に課すには不適切な基準に照らしつつ、ミーアは唸る。
――クラリッサお義姉さまは、ラフィーナさまと同じく、心に獅子を宿すもののような気がしますわ。弱気に見えていても、決して侮ってはいけない方ですわね。
ゆえに、言葉には気を付けなければならない。
決して、クラリッサのご機嫌を損なわぬよう、けれど、彼女がレムノ国王を怒らせたりしないよう、可能な限り穏便に過ごさせなければならないのだ。
――それに、一緒に来ているのを見ると、たぶん、アベルもクラリッサお義姉さまに賛成しているはず……。あまり適当な扱いはできませんわ。
気持ちを引き締めつつ、ミーアはクラリッサを見つめる。
「それで、本日は、どのようなご用件でいらっしゃいましたの?」
とりあえず、アンヌの入れてくれた紅茶で口を湿らせつつ尋ねる。
クラリッサは、一瞬、黙って、それから慎重な口調で話し出した。
「レムノ王国の女子教育を進めたいと考えています」
「ふむ……?」
ミーア、思わず、内心で首を傾げる。
――はて……? パライナ祭の出し物のお話しかと思っておりましたけど……これはどういうことかしら? というか、そんなことわたくしに言われましても……。
っと疑問に思いつつも、とりあえず頷いておく。
「なるほど。ちなみに、それは……レムノ王国の決定なのかしら? お父上である国王陛下は、それを許しておられると?」
「いいえ……。父も、恐らく国の重鎮たちも賛成はしてくれないでしょう」
――そうでしょうね。たぶん、アベル以外は味方をしてくれる方がいらっしゃらないのでしょう。ああ、だからこそ、アベルが勘当の憂き目に遭うと……。ううむ、ここは、そんな状況でそれを進めるのは無茶なんじゃないかなぁ、と軽く突くのがよろしいかしら……。
正直なところ……アベルから漏れ聞くレムノ王国の状況は、あまりよろしくない。クラリッサのしようとしていることもわかるだけに、あまり気は進まないのだが……今は、心を鬼にして……。っと内心で決意を固めるミーアである。が……。
「パライナ祭には、各国の重鎮がいらっしゃるとお聞きしています。その後に世界会議を開く、と……」
クラリッサの話は、思わぬ方向へと向かった。
「ええ、そのようにわたくしも聞いておりますけど……」
答えつつも、首をひねるミーアである。
――ここでどうしてパライナ祭の話が……。いえ、ベルは言ってましたわね。パライナ祭でクラリッサ姫殿下がしたことが原因で、アベルがレムノ王国を追われると……。とすると……。
クラリッサは、強い決意の込められた視線をミーアに向けてから、
「パライナ祭、そして世界会議の場で、私はレムノ王国の現状と、レムノ王国の女子教育推進の方針を発表しようと考えています。それにより、父も、国の重鎮たちも引くに引けない状況を作り出してしまおうと……そう考えています」
ちょっぴり過激なことを言い出した!
「まぁ、それは……」
ミーアは軽く目を瞬かせて……。
――なるほど、許可をもらう前に発表してしまうことで、引くに引けない態勢を作る、と……。確かに、妙手なのかもしれませんけれど……。
クラリッサがそのようなことをすれば、レムノ国王としては「勝手に小娘のしでかしたこと」とは言えない。
なぜならば、そこにはおそらく、神聖典に適った理があり、正義があるからだ。
もしもクラリッサの申し出が神聖典の正しさに沿ったものであり、それが他国に認められてしまえば、もう無視することはできない。
王権を神聖典によって保証されている王家は、神聖典の言葉に反するようなことはできないのだ。少なくとも表立っては……。
そして、クラリッサがしようとしていることは、この上もなく表立った場所で「レムノ王国がすべき正しい行いを他国に示すこと」だった。
これが成功してしまえば、決して無視はできない。そういう意味では妙手ではあるのだが……。
――しかし、これ、やられたほうは、ものすごーく腹が立つんじゃないかしら……?
レムノ王国の重鎮たちにしてみれば、自分がやりたくないことを強要されるようなものだ。今まで表に出ないから、問題が顕在化しなかったことを、勝手に発信されてしまうのだ。
それも、自分たちが見下している姫殿下に、である。これはさぞかし、ムカつくことだろう。
――なるほど、アベルはこれに賛成してしまって、怒りを買ってしまうと……。ううむ……。
ミーアは、紅茶の隣に置かれたお皿に目をやり、ふと驚く。
つい先ほどまで、十枚はあったはずのクッキーが半分に減っていた。
クラリッサ姫殿下がモリモリ食べたのかしら……? クッキーがお好きなのかしら?
などと小首を傾げつつ、理由はわからないが、ちょっぴり水分を失った口内を紅茶で湿らせるのだった。




