第七話 ベル、ミーアの恋愛マウントを華麗にスルー
アベルとのデートですっかり気力を回復したミーアは、つやつやした顔で部屋に戻って来た。
「あー、うふふ、実に充実した一日でしたわ」
ベッドにひょーいっと横になり、足をパタパタ。と思えば、すぐに起き上がり、
「ふむ、今日の感動をきちんと日記帳に付けておかなければなりませんわ。こういうことをこそ、書いておかなければ」
普段、日記が食レポに浸食されがちなミーアである。こういうレアな乙女体験は、忘れぬ内にきっちりしっかり書いておかねば、と筆を取る。
さて、この感動をどのように書きだそうかしら……などと、己が詩的感覚を呼び覚まそうとしていると……、
「たったた、大変です! ミーアお祖母さま!」
突如、バーンと扉が開いた。駆け込んできたのは孫娘、ベルであった。
大慌てで、手をワタワタさせるベルに、ミーアは眉をひそめる。
「まぁ、ベル……そのように、声を張り上げるものではありませんわ、はしたない。そのようなことをしていては、恋の一つもできませんわよ?」
なぁんて、恋愛熟練者のような顔で偉そうに言うミーアである。
そう、今日のミーアは紛れもない恋愛充実勢。ベルやパティのようなお子さまとは違うのである。
ベルは、そんなミーアの恋愛マウントを華麗にスルーして、ババッと一冊の本を突きつけてくる。それは、ルードヴィッヒがベルに渡した未来の日記帳だった。
「一体どうしましたの? そこに何が……」
「アベルお祖父さまが……っ! 勘当されました! レムノ王家を追放されることになりました!」
「…………はぇ?」
ミーア、思わず目をまん丸くする。
「か、勘当……。そんな、いったいなぜ、そんなことに……? あ、でも……」
不意にミーアは思い出す。そのような未来に見覚えがあるということを。
それはかつて、セントノエルの図書館で見かけた歴史書に書かれていた記述である。
「アベルが王位継承権を一切はく奪された上に軟禁されて……それでレムノ王国に助けに向かうことになる……確か、そんな記述を見た記憶がございますわ」
あの謎の歴史書がなんであったのかは、未だに答えは出ない。されど、確かにミーアはそれを見て、そして……それを否定したのだ。アベルが家族に会えなくなるような未来を認めない、と……。
――そういえば、あの記述が消えてしまった未来の一つだったとするならば、ベルの世界とはまた違った未来と言うことになるのかしら……? ううむ、こんなことなら、もっとしっかり読んでおけばよろしかったのですけど……。
唸りつつ、ミーアはベルのほうに視線を戻す。
「それで、勘当の理由はなんですの? なにもなく勘当などされたりはしないでしょう? その理由さえわかれば……」
「はい。実は……」
ベルはしかつめらしい顔で頷いてから、
「アベルお祖父さまの姉君のせいみたいです」
「姉君、というとヴァレンティナお義姉さまがなにかなさいましたの?」
蛇の巫女姫、ヴァレンティナ・レムノは現在、絶賛逃亡中である。
蛇の活動の一環として、レムノ王国を混乱させるべく、アベルを勘当させたというのは、可能性として大いにありそうなところで……。でも、
「いえ、違います。あの人は関係ありません。関係しているのは、クラリッサ王女のほうです」
「あら? クラリッサお義姉さまが? いったいなにがございましたの?」
意外な人物の名前に、ミーアは首を傾げた。
あの大人しいクラリッサが、国王を激昂させるような真似をするとは思えないのだが……。
「どうも、レムノ王国の男尊女卑の問題をなんとかしようと、パライナ祭でアベルお祖父さまとなにかやったみたいで……それが国王陛下の逆鱗に触れて勘当となったみたいです」
――ああ、なるほど。確かにクラリッサ姫殿下がレムノ王国代表ですし、今のタイミングで未来が変わったのなら、当然、パライナ祭が関係しておりますわよね。
納得しつつも、ミーアは難しい顔で唸る。
――しかし、やはりこれは、あの時点の歴史書とは違う原因と考えるべきですわね。あの時は、パライナ祭が開かれることは決まっておりませんでしたし……いいえ、もしくは、あの時の歴史の流れと似たものになってきているということかしら? あるいはアベルの王位継承権を消そうとする、根本的な流れが存在しているとか?
元からアベルが目障りで、レムノ王家との関係を断絶させようと考えている勢力があった。そんな者たちにとって、クラリッサ王女の行動は、使える材料だった、みたいなこともあり得るのかもしれない。
――もしそうならば、そちらの根本的な原因を除去しなければ、問題は解決しないかもしれませんけど……。
今日のミーアは恋愛脳モードだ。アベルに関する推理には、三倍程度の補正がかかるようになっているのである。スイーツブースト、オフロブーストとは異なる、帝国の叡智第三の形態である。
要は、今日のミーアはいつもよりは冴えている、ということである。
「なんにせよ、対応策はクラリッサお義姉さまに協力せず、むしろ諫める、みたいな感じになるかしら……?」
レムノ国王に目を付けられることなく、ひっそりとパライナ祭の期間を過ごす。これがベストなのではないか、とミーアは判断するが……。
アベルとクラリッサが訪ねてきたのは、翌日の朝のことだった。