第四話 もじもじ、きゅんきゅん
「まぁ、アベル……わたくしのことを思って……?」
ぽっと頬を赤らめつつ、ミーア、もじもじし始める。もじもじ、もじもじ、体をよじりつつも、チラリ、と視線を送って、また頬を赤くする。
自分を気遣ってくれるアベルに、思わず胸がキュンキュンしてしまったのだ。
そうなのだ……、ミーアは、好きな男子に優しくされると胸がときめいてしまう乙女な令嬢なのだ!
疑いの余地などまるでない、恋に恋する乙女なお姉さんなのだ! ……ほっ、本当だっ!
「ところでどこに行こうか? ドルファニアといえばゴンドラだが……乗りに行くかい?」
「そうですわね。ふふふ、アベルとでしたら、どこでもよろしいですけど……」
歌でも歌いだしそうな、ウキウキ弾んだ声で言いつつも、ミーアは、ふと思い出す。
――そういえば、ベルたちが、なにやら怪しげな天使像を発見したとか言ってましたわね。
報告に来てくれたのはパティだった。
ベル探検隊の様子を、微に入り細を穿つ勢いで解説しつつも、
「……別に、お化けとか、そういうのじゃなかったから、安心してもらって大丈夫。ちゃんと仕掛けがあったから……。まぁ、その前から私は怖くなかったけど、でも、あの雰囲気は……子どもは怖いと思うかもしれない。キリルが今夜、眠れなくならないか、少し心配……」
と、眉間に皺を寄せ、しかつめらしい顔でお話ししてくれた。
――ふぅむ、あのパティが怖がる雰囲気……。みなさんでワイワイ言いながら行く分にはよろしいかもしれませんけど少人数で行くのは……。そもそも、そういった仕掛けがあったとして、その像に呪いがないとは限らないわけで……。
変にゴンドラ観光に出ると、ベルたちが行ったのとは別の不可思議な……こわぁい場所に迷い込んでしまうかもしれない。一か所そういう場所があったのだから、他にもある可能性も否定できない。であれば……。
「せっかく、荒嵐が来ているのですし、乗馬と洒落込むのはいかがかしら……? 昨日の会議で、体が固まってしまいましたし、少し動いてスッキリしたいですわ」
「そうか。わかった。それじゃあ、厩舎に行こうか」
ということで、ミーアとアベル、さらに乗馬服をシュシュっと用意したアンヌは厩舎へと向かった。
セントノエルの倍以上はありそうな厩舎。そこには、十数頭の馬に混じって、荒嵐が静かにたたずんでいた。今日はまだお散歩していなかったらしい。
ぬーっと首を巡らせた荒嵐が、ジロリとミーアたちのほうを見て、まーたお前らかぁ……という顔で、ぶーふっと鼻息を鳴らした。
「ふふふ、荒嵐、いつも通り元気そうですわね」
荒嵐の不遜な態度もどこ吹く風、ミーアは上機嫌に微笑んだ。
アベルと一緒に乗馬デートというだけで、気分は最高潮になってしまう帝国の叡智、ミーア・オトメナオネエサン・ティアムーンなのである。
「今日は楽しく過ごしたいと思っておりますの。よろしくお願いいたしますわね」
ニッコニコのミーアに、荒嵐は仕方ねぇなぁ、とばかりに、ぶーふっと鼻を鳴らした。
「よぅ、アベルにミーア嬢ちゃん。荒嵐に乗りに来たのか?」
ふいに、馬の影から、林馬龍が顔を出した。ミーアとアベルを見て、ニカッと笑みを浮かべる。
「あら、馬龍先輩……。ん? そちらの馬は……」
見れば馬龍は、一頭の馬の手入れをしていた。
まばゆいばかりに美しい、真っ白な毛並みを持つ馬だった。スラリと引き締まった筋肉、精悍な顔つき、雄々しきその体躯からは、ただものではない風格が漂っていた。
「ああ、俺の愛馬、蝶雲だ」
馬龍の言葉に合わせて、どうも……とばかりに、蝶雲が見つめてきた。
「まぁ! 馬龍先輩の愛馬。それは興味がございますわね。撫でても大丈夫かしら?」
「ああ、構わない。そうだ、よければブラッシングでもするかい?」
騎馬王国の民にとって、名馬の毛梳きはご褒美である。ブラッシングしているだけで、こう、なんとも幸せな気持ちになれるのだ。
「あら、それは素晴らしいですわ!」
ミーアは別に騎馬王国の民ではないが、ミーアにとっても馬は重要なものだ。なにしろ、馬はミーアを危険から遠ざけてくれるもの。すなわち、ご機嫌うかがいをしておくべき貴い存在なのだ。
ブラッシングをし、足の状態などをチェックして、最善の状態を保つことは、ミーアの心の平安に繋がる重要な仕事なのだ。
ということで、ミーアは早速乗馬用の服に着替えて戻ってくる。
アベルと一緒にブラシを受け取ると、興味深げに観察しつつ、蝶雲をブラッシングしていく。すっすっとブラシを動かすと、蝶雲が心地よさげに鼻を鳴らす。
「おお、こうして撫でてみても、良い馬だということがわかりますわね。毛並みといい、しゅっとした脚といい……いかにも速そうですわ」
「確かに。レムノ王国中探してもこれほどの名馬はいないだろうね。素晴らしい馬だよ」
「ははは、自分の馬を褒められると悪い気はしないな」
馬龍は豪快に笑ってから、
「どうだい? どうせなら乗ってみるか?」
「まぁ! いいんですの?」
一瞬、興味を惹かれたミーアであったが、少し考えてから……。
「ありがとうございます。けれど、それはまた次の機会にいたしますわ。今日は荒嵐に乗りに来たので」
先ほど声をかけた相棒のほうに目をやって、ミーアは苦笑いを浮かべる。
「なるほど、確かにな。ここでミーア嬢ちゃんが蝶雲に乗ったら、荒嵐がへそを曲げそうだ」
視線の先、荒嵐は素知らぬ顔で、ぶーふっと鼻を鳴らした。