第三話 ミーア姫、奇妙な違和感を覚える!
司教会議とヴェールガ公爵邸でのドキドキ晩餐会を終えた翌日のことだった。
最高にトンデモネェ会議を、なぜか、自分の名前で召集することになってしまったミーアは現実逃避……もとい、心機一転。
とりあえず面倒くせぇことは思考放棄して、ストレスの発散に勤めることを決意する。
ヴェールガ公爵邸の客室にて。アンヌに髪を整えてもらいつつ、ミーアは腕組み。
――ふーむ、町に出てスイーツアー(食い倒れ)と洒落込むか……、いえ、甘い物ばかりでは体に悪いですし、しょっぱいものも視野に入れるべきですわね。あるいは、なにか良い感じのドルファニアの珍味を探して、クロエに教えてあげるとか……。ああ、クロエといえば……。
ミーアは、ポコンッと手を打った。
「そういえば、エリスから新作の原稿が届いておりましたっけ……」
「あ、はい。貧しい王子と黄金の竜の続きですね」
「そうそう、そうでしたわ。わたくし、気になっておりましたの。うふふ、まさか、黄金の竜のほうに恋愛ストーリーがあるなんて……。ああ、あの白銀のドラゴンとの恋愛がどうなっていくのか、とても気になりますわ!」
ミーアはニコニコしながら頷いた。
――食い倒れツアーもよろしいですけど、一日、読書三昧で、わたくしの恋心を満足させるというのもよろしいかもしれませんわ。うんっ……?
不意にミーアは違和感を覚える。それは、実に強烈極まりない、どこか危機感にも似た違和感だった。
危機感? だが、いったい何に対しての……?
こうした感覚は、時に断頭台の危機に繋がるもの。放置してはおけない。ミーアは頭をひねって、うんうん考え始める。
――わたくしは、いったいなにが気になっているのかしら……。
じっくり考え、考え、考えて――気が付いた!
なにか、こう……選択肢の中に、年頃のご令嬢的な……艶のあるような、彩のあるものがないような……。具体的には、恋愛的な選択肢がまったくないではないかっ!
これには、ミーア、動揺を隠しきれない。
――わっ、わたくしは、うら若き乙女のはず……なのに、選択がスイーツアーだったり、読書三昧だったりするのは、いかがなものかしら?
しかも、あろうことか、エリスの小説の中ではドラゴンが恋愛に勤しんでいるのである。今のミーアは王子やお姫さまどころか、黄金の竜にすら負けているのだ。でっかいトカゲにすら、負けているのだっ!!
「せっかく、古都ドルファニアに来たのですし、もっとアベルとデートをすべきなのではないかしら……?」
そうして、ミーアはアンヌのほうに目を向けて……。
「アンヌ、申し訳ありませんけど、今日は、身だしなみのチェックを厳しめにお願いいたしますわ。それと……収縮色のドレスを着る必要はございますかしら?」
その問いかけに、アンヌはハッとした顔をしてから……。むむぅっと眉間に皺を寄せて……。
「大丈夫……だと思います。今のところは、ですが……」
見事、アンヌに合格点をもらえて、ニッコリするミーア。であったが、その油断を戒めるように、
「ですが、ミーアさま、あくまでも暫定的に、です」
「ふむ、まさにその通りですわね。未来は決してわからないもの。油断は禁物ですわ」
しかつめらしい顔をして、もっともらしいことを言うミーアである。
さて、そんなこんなで、お出かけ用の服に着替えたミーアは、早速、アベルと遊びに出かけるべく、ヴェールガ公爵邸を出ようとして……。タイミングよく……。
「やあ、ミーア。ご機嫌よう」
「まぁ、アベル! ご機嫌よう」
実に素晴らしいタイミングでヴェールガ公爵邸に現れたアベルに、嬉しげな笑みを浮かべる。けれど、すぐに表情を曇らせて……。
「どうかなさいましたの? ラフィーナさまか、ヴェールガ公に、なにかご用かしら?」
もしや、デートとか行っている暇がないのでは……? っと心配になるミーアであったが、アベルは少し驚いた顔をしてから……。
「いや、そうだね。こちらに、世界で一番美しい姫殿下が滞在中だとお聞きしたものでね。もしよろしければ、どこかにエスコートできれば、と思ってきたのだが……」
などと、おどけた口調で言った。
「まぁ! アベル、また、口が上手くなりましたのね? それ、みなさんに言っているのではなくって?」
なぁんて言いつつ、ちょっぴり頬を赤らめるミーアである。
ちなみに、アベルの言う世界一美しい姫殿下が自分を指しているということに関しては、自然に受け入れているミーアである。非常におこがましいのである!
まぁ、相手がアベルなので、それも許されるのかもしれないが……。
さておき、ミーアの言葉にアベルは芝居がかった仕草で首を振った。
「いやいや、ボクはお世辞は言わないよ。こんなことは、真実、世界で一番美しい人にしか言わないとも」
それから、彼は片膝をついて、ミーアを見上げる。
「どうか、このボクにエスコートをさせていただけませんか? 姫君」
「まぁ……」
その華麗な姿に思わず、ぽぉっとなるが……。
「では、お願いしようかしら……」
ミーアはそっと手を差しだしつつも、小さく首を傾げた。
「しかし、今日はどうしましたの? アベル、なんだか少し様子がおかしいですわ」
その言葉を受けて、アベルは一瞬、黙ってから……。
「いや、もしかしたら、君が少し疲れているんじゃないかと思ってね」
「え……と? どういうことですの?」
「図書館で命を狙われたと思えば、そのすぐ後に司教会議があっただろう? 緊張の連続で、まだ張り詰めているんじゃないかと思ったんだ。だから、リラックスしてもらえれば、と、少しふざけてみたんだが……、変だったかな?」
それから、アベルは少しだけ照れくさそうに頬をかくのだった。