第百二十五話 トンデモナイ会議
「はぇ……?」
ラフィーナの急の発言に、ミーアはポカンと口を開ける。
少し前まで、
――これでなんとかなったかしら? なっていたら、よろしいのですけど……。
っと、変なフラグを立てぬよう、慎重に慎重に……状況の推移を見守っていたミーアである。そんなミーアの目の前で、一番先に説得に成功したはずのラフィーナが、何やらわからぬ巨大なフラグをおっ立て始めた!
世界会議――それは、各国の統治者たちが一堂に会し、一つの議題について話し合う会議である。
世界会議と呼ばれる会議が開催されたのは、歴史上たった二回だけだった。それも一回目は、神聖典の中に書かれた超古代の話であり、二回目は、この大陸の国々の勃興期。
部族が土地に定着し、各々に国という形を取りつつある時代、その後に来るであろう国と国とが相争う戦乱の到来を未然に防ぐべく、時のヴェールガ公爵が呼びかけたものであった。
ぶっちゃけ、ものすごぅく……大事である。
伝説のパライナ祭以上に伝説となっている会議であった。
ということで、ミーアも薄っすらとではあるが、その存在は知っていた。
仮に知らなかったとしても、その字面からして、すでにヤバそうだと言うことを察していたのだ。
――せっ、世界、会議って、アレですわよね? 世界中の国々の王たちが集まる会議と……。そこで、わたくしが、演説をする……? はて……?
今までさんざん、いろいろな場面で演説をしてきたミーアであるが……なんとなく、それが実現してしまうと、ミーアの経験上、最大の権力の集中する場での演説のような気がしないこともなくって……。
「なるほど。パライナ祭の後に、各国要人が一堂に会する世界会議を開くことにすれば、パライナ祭に参加する人間の立場も上がるかもしれませんね。祭りの影響力も上がる。相乗効果がありそうですね」
どうせ会議に出なければならないなら、その前の祭りにも出てみようかという王族が増えるかもしれない。
ルシーナ司教の言葉に頷いてみせてから、ラフィーナは言った。
「それもあります。しかし、それ以上に重要なことは、世界会議を誰の名において召集するかでしょう」
ラフィーナがなにを言わんとしているのかわかったのか、表情を変えたのはユバータ司教だった。
「もしや……ミーア姫殿下を呼びかけ人として、世界会議を開こうということでしょうか……。前回の世界会議を呼びかけたのは、セントノエル島に学園を建てることを決めた、聖アウグスティーノさまでしたが……。ヴェールガ公国のその後の在り方を定めたともいわれる、あの大祭司とミーア姫殿下を並ぶ者として扱おうということですか……」
「いいえ、ヴェールガだけではありませんね」
ルーツィエが静かな声で指摘する。
「あの会議は、大陸のその後の歴史に一つの方向性をつけた、極めて重要な会議だった。それは当然わかっていますね、ラフィーナ」
母ルーツィエの視線を受け止めて、ラフィーナは涼やかな顔で頷いた。
「それだけのことを、するべき時だと私は考えます。お母さま。今は神の時なのですから」
そう、オルレアンの示した歴史観。今、まさにこの世界に変革の時が訪れようとしていることを踏まえるならば、パライナ祭も世界会議も、開催されること自体にはなにも不思議はない。ないが……ないのだが……!
あわわ、っと口を震わせつつ、ミーアは成り行きを見守っていた。
「その会議を、ミーア姫殿下の……帝国の叡智の名のもとに召集せよ、と……?」
「はい。それこそが、ミーアさんを我らヴェールガが認める、強力な証となるでしょうから」
ミーア、気持ちを落ち着けるべく、ここで紅茶に手を伸ばす。
芳しい香りを胸いっぱいに吸い込んで一口……マイルドなミルクティーに心を集中。
(お)一意専心の精神で、なんとか落ち着きを取り戻さんとする。
――おっ、落ち付かなければなりませんわ。なにやら、トンデモない会議がわたくしの名で開催されそうになっているように思えますけど……。まっ、まぁ、でも聞いている限り、わたくしの名で開くことは、認められないでしょうし? そんなものすごい会議を、わたくしの名で開くなど、ここの司教たちが許すはずがない……そうですわよね? 信じておりますよ、ルシーナ司教!
ミーアは、ヴェールガ保守派のトップ、ルシーナ司教に一縷の望みをかけるが……。
「なるほど。聖人認定よりは、むしろ、その形のほうが正しいように思いますね。ミーア姫殿下のお言葉を、各国の首脳陣に届けること。その言葉をヴェールガが支持することを表明すること……。それが第一歩なのかもしれません」
ルシーナ司教、あっさりと陥落してしまった!
さらに、ユバータ司教、ヴェールガ公オルレアンまでもが、うんうん、と頷いている!
ならば! っと、ルーツィエのほうを見れば……。彼女は無言で、眉間に皺を寄せていた! 口元に拳を当て、何事か、ジッと考え込んでいる。
おっ! これは期待できるか!? っと、グッと拳を握りしめ、ミーアが注目する中で、彼女はゆっくりと両手を広げ……そして!
パチパチパチ……っと。
その手が、拍手を始めた。
「とても良い考えですね。ラフィーナ。それは、聖人認定以上に、我らの意志を伝える手段となるでしょう」
それから、ルーツィエはレアたちのほうに目を向けて、
「パライナ祭との連携が非常に大切になるでしょう。レアさん、リオネルさん、場合によっては、ミーア姫殿下が世界会議のほうにかかりきりになってしまうかもしれないけれど……」
レアがスッと背筋を伸ばして、キリリッとした顔で頷く。
「大丈夫です。セントノエルのみんなもいますから」
さらに、リオネルが、ちょっぴり頬を赤らめて立ち上がる。
……どうやら、聖女ラフィーナだけでなく、ルーツィエのほうも憧れの対象であったらしく……若干、張り切った声で、彼は言った。
「聖ミーア学園の方たちとも緊密な連携を取れています。大丈夫です」
非常に頼もしい、ルシーナ兄妹の姿に、父親たるルシーナ司教も、少々、感動の表情を浮かべており……。
そんな光景を呆然と眺めつつ、ミーアは再び紅茶を一すすり。
――まぁ……聖人認定とかされるよりは、マシ……マシ? マシですわよね? あら? そう、なのかしら?
思わず唸るミーアであった。