第百二十三話 偽らざる本音を、怒られない範囲で
「私のような、友……」
小さなつぶやき……。視線を向けると、ラフィーナがうつむいていた。髪を指でくるくるしつつ、そわそわ。その頬は、ちょっぴり赤く染まってたりもして……。
「後ろ盾ではなく、友……」
体をもじもじさせつつ、ほわぁ、っと小さく息を吐いて……。
「そ、そう……ミーアさんが求めてるのは、そういうお友だち……そっか……」
口元が、思わず綻びそうになるのを、キュッと唇を噛む。が、それでも、によによ、っと口が緩んだりして……。けれど、すぐに顔を曇らせて……。
「でも、そうか。ミーアさんを聖人認定することは……ミーアさんを孤独にしてしまうことに繋がる……。それなら……」
っと、一転。眉間に皺を寄せ、真剣な顔をする。
“それなら”の一言がいささか気にならなくもなかったが、とりあえず、どうやら大丈夫そうだぞぅ、っと判断するミーア。
一見、攻略難易度が高そうだけど、実はヴェールガ最弱なのでは? 疑惑が出てきたラフィーナを見事陥落せしめたミーアは、意気揚々とルシーナ司教のほうに目を向け……。
「ですから、わたくしが求めるのは、聖人認定よりは、ヴェールガ公国と力を合わせること。問答無用にわたくしを認めるのではなく、現地の神父さまとも協議しつつ、力を合わせて、その場その場で最善を尽くすことですわ。その成功をもって、将来への種蒔きとしたいんですの」
「成功するにしても、その成功の仕方が問題である、と……?」
ルシーナ司教の言葉に、我が意を得たり、と頷いてグッと拳を握りしめる。
「そうですわ。誤ったやり方で成功してしまうのであれば、それは却ってよくない結果を生み出しますわ。思考停止し、ただわたくしに従った結果、この上なく上手くいってしまった、などと言う経験をしていただきたくありませんの。自分たちで検討し、賛同し、正しいことをした結果、上手くいったと思っていただかなければなりませんわ」
さらに、ミーアはオルレアンのほうに目を向けて……。
「神の時であるというのであれば……それであるがゆえに、我々は正しい行動をとらなければなりませんわ。何を成すべきなのか、一人一人が考え、向き合わなければ……」
そう、すべてをミーアに任せればいい、などという答えを出してもらいたくはないのだ。
もしも失敗したとしても、あなたたちもあの時、賛成しましたよね? こっちにだけ責任を押し付けようとするのは、どうなんでしょうね? と、いつでも言えるようにしておきたいのである。
「なるほど……。ミーア姫殿下は改革を、次なる世代への学びの機会にしようと……」
ユバータ司教が目を見開く。オルレアンもミーアの答えには驚いた様子だった。そんな中……。
「それが、帝国の叡智のお考えですか、ミーア姫殿下」
ルーツィエが落ち着き払った声で尋ねた。真っ直ぐに見つめてくる瞳、その視線は一切の嘘を許さない澄みきったもので……。
――ふむ、これは、下手な嘘や誤魔化しは言わないほうが無難ですわね。できるだけ本音で偽らぬように……。
ミーアは、できるだけ偽らざる本音を、怒られない範囲でマイルドに言葉にする。
「いえ、そのような……叡智などではなく、あくまでも、わたくしの個人的な考えですわ。わたくしは俗物ですから、わたくし一人が苦労をして責任を負うようなことは我慢がならないんですの。わたくしがいないところで、いろいろなことが解決するのであれば、それに越したことはございませんし」
「なるほど。確かに、ミーア姫殿下がどこにでもいらっしゃるわけでもなければ、いつまでもいらっしゃるわけでもありませんからね……」
しかり、っとばかりにミーアは頷いて……。
「その通りですわ。この地にいくつもの国があり、その国々に統治者が立てられている。それぞれに、民を安んじて治めるよう神が権威を与えられた。であるならば、わたくしは、貴き血筋の者たち一人一人が、自分で考え、自分の責任において善きことを成さねばならぬと思いますの!」
他の王族だって、頑張らなきゃダメだよね? 良い生活を送ってるんだから、その分、責任取らせなきゃダメだよね? っと、大声で主張したいミーアである!
「パライナ祭も同じことではありませんの? 各国が歩みを同じくし、前に進めるように、その方向を示す。しかし方向は示しても、その国がどのように動くかは、その国の判断に委ねられる。そう……その国の判断と善意に……」
「ミーア姫殿下は、各国の統治者の善意を信じると、そのようにおっしゃるのですね?」
「信じたい、と思っておりますわ。セントノエルで共に学んだ者たち、学友たちを。あの場所で育まれた絆を、わたくしは信じたいと思いますの」
ふと、ミーアのまぶたの裏に、セントノエルでの日々が甦る。
そこで過ごした五年間分の記憶……。前の時間軸では出会えなかった人たちと出会い、さまざまなことを共に経験し、笑い合い……確かに、そこには絆が生まれたと思えた。
「種はすでに蒔かれている。であれば、わたくしたちがすべきことは、その芽吹きを待つことであって、蒔かれた種の上から植樹することではない、と思うのですわ」
それから、ミーアはルーツィエを見つめる。
「もしも……わたくしが聖人に認定されるという光栄に与ることがあるのであれば……それは、国々が自らの意志で立ち上がり、善きことを成そうと……世界を変えようと歩み出す……そのきっかけになった者としてがよろしいと思いますの。わたくしの命が終わってから、認定していただければ十分ですわ」
ミーアの言葉を受けて、ルーツィエは穏やかな表情を浮かべる。
「帝国の叡智の視野は、今だけでなく、未来をも見通しておられるのですね」
「ええ。ここだけのお話なんですけど、わたくし、実は孫娘の時代の平和まで面倒を見なければならないようなんですの。ですから、今後、十年、百年ぐらいは視野に入れて、きっちり次の世代のことも考えなければなりませんの」
ミーアは、冗談めかした口調で言って、悪戯っぽい笑みを浮かべるのだった。