第百十七話 『聖』ミーア学園、ケチがつく!
「みなさんは、セントノエル学園特別初等部のことはご存知かと思いますが……」
リオネルの言葉に、司教たちは、それぞれに頷いて答える。
「それならば、話が早い。その特別初等部の前にミーア姫殿下が作られた学校が、聖ミーア学園です。そこは、貴族と平民、はては孤児たちをも区別なく……その才に相応しく教育を施すことを目的とした学園です。血筋に関わらず、その能力に応じて、将来、国を担う者に育成していく。非常に革新的な学園で、教師たちの質もセントノエルに負けない素晴らしいものでした」
「まさに……」
リオネルの言葉を、短く、ユバータ司教が肯定する。
神聖図書館のトップという、知の専門家のお墨付きを得て、リオネルはさらに生き生きと続ける。
「その聖ミーア学園で研究されていたのが寒さに強い小麦『ミーア二号小麦』です。飢饉が起こりかけて、ミーア二号小麦に救われたという国はいくつかあったと思いますが……」
リオネルの言葉に何人かの司教たちが頷いた。一方で、なんのことを話しているのか、と不思議そうな顔をしている者もいた。
数年間かけて備えてきた帝国とは違い、小麦不作の影響を受けた国は多い。けれど、今のところ、国が傾くレベルの大飢饉は起きていない。餓死者が出るより早くミーア二号小麦が送られているからだ。
それ自体は良いことではあるのだが、実際の飢饉が起きていないゆえに、政策の失敗を恥として、できるだけ隠そうとする国がほとんどであった。
それでも、その国の教区に派遣された司教の耳には入っているらしい。国王に近い立場の司教たちはもちろん、現場で貧しい者たちと接している者たちも、肌感覚で察知しているのだ。
「確かに、寒さに強い小麦で救われた者たちがいました」
「貧しき者たちにも、分け隔てなく与えられるように、との帝国からの申しつけがあったから、貧民街の者たちも飢え死にすることはありませんでした」
そんな証言をする者たちがおり、それを聞いて感心の息を吐く者たちがいた。
ジワリ……っと、なんというか、こう……会議場内の温度が上がったような気がした。
こう、ミーアに向いている視線の熱量が微妙に上がったような……。
――あら、これは、まずいのでは……?
「聖ミーア学園で、あの小麦を研究していた。その学園をお作りになったのがミーア姫殿下であったと……」
「むっ、無論、わたくしが一人で作ったわけではございませんわよ? わたくしの信頼する忠臣たちが、存分に働いてくださいましたの。わたくしだけの手柄だなどとは思わないでいただきたいですわ!」
ミーア、慌てて軌道修正をしようとするも……。
「そう。ミーア姫殿下は力のある家臣を見出し、権限を与え、適職を与えているのです」
すぐさま、リオネルの勢いに呑み込まれてしまう! この流れは、ミーアの想像するより遥かに早い! 具体的には、もうすぐ滝に落ちるかな? ぐらいのところぐらい、強い!
結果として、ミーアの言葉は、むしろ謙遜の表れと取られたようで、なにやら、賢者然とした見た目の司教が、うんうん、と感心した様子で頷いていた!
「寒さに強い小麦からもおわかりになるでしょう。ミーア姫殿下は、特に飢餓への対策に強い興味をお持ちなのです。そんなミーア姫殿下が次にお考えになられたのが、魚などの海産物を利用した飢饉対策です」
話を戻すように、レアが口を開いた。
「そして、その姿勢を大陸最高峰であるセントノエルと聖ミーア学園の両校が共同で発表することで、世界に示すのです」
そっと立ち上がり、度の入っていない眼鏡をクイッと押し上げて……。
「誰も……弱き者も、貧しき者も、民も貧民も孤児も……。ただの一人も飢えることのない世界を目指して、この大陸の各国が協力し合い、歩みを進めていく……」
そっと両手を組み、祈りを捧げるような姿勢で、
「ミーア姫殿下が、教えてくださった、その素晴らしき理想を、将来へのビジョンを見せるため……それこそが、今、この時にパライナ祭を開くことの意義です」
そうして、レアの言葉は終わった。
ミーアは……、ただただ呆然とそれを見つめていることしかできなかった。
なにやら……こう、自分の名前が何回か出てきたような……しかも、二人とも、なんだか、すごぅく、絶賛していたような、そんな気がしないではなかったが……。
恐る恐る、ミーアが周囲に視線を走らせた、まさにその瞬間だった。
「しかし、聖ミーア学園という名前は、よろしくはありませんね」
ふいに、そんな声が響いた。声の主は、切れ長の瞳をした男だった。
年の頃は二十代半ば。その年で、司教をしているのだとすれば、きっと優秀なのだろう。冷静に、今までの推移を見ていて、その危うさに気付いたに違いない。きっとそうに違いない。そうだったらいいな……!
そんなミーアの想いを忖度するように、男は言った。
「そもそも、こちらのミーア姫殿下は、聖女というわけではありません。認定された聖人というわけではない。ゆえに、聖ミーア学園のように、名前の前に『聖』とつけるのはいかがなものかと、私は思います」
「ええ……。それは、ご指摘の通り、まったく同意いたしますわ。言い訳をさせていただくのであれば、これは、わたくしが聖人ということではなく、学校自体が聖なるもの、神の権威によって立っている、ということを表すものですわ。だから、聖ミーアの学園ではなく、聖・ミーア学園と言うことなのですけど……」
「だとしても、誤解する者はいくらかいるでしょう。そのようなことはできるだけ避けるべきです」
謹厳な口調で言われてしまうと、反論の言葉もない。
元より、ミーア的にもその名前はまずいんじゃないかなぁ、と思っていたわけで……。正論そのものの言葉に抗することはできず……。
「なるほど。まさに、仰るとおりですわ」
この会議のことを話せば、きっと名前を変えてもらえるだろう、と腹の中で素早く皮算用するミーアであったが……。
「ですから、どうでしょう? この際、ミーア姫殿下を聖人として認定してしまうというのは」
「…………はぇ?」
思わぬ流れに、ミーアの口から、ちょっぴーりアレな声がこぼれ落ちた。奇しくもそれは、かつてベルがこぼした声と、そっくりな声だった。